目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第6話『ルィンヴェルを救うために 中編』


 全速力で海の上を駆けるも、目的地のナコリン島に到着した時には夕方近くになっていた。


 そのままの足で商人ギルドに向かい、受付の男性に事情を説明する。


「ベルジュ商店の親子? 今日の取引は終わって、もう宿に戻っているはずだが」


「どこの宿!?」


「島の南にある古宿だ。あの辺りの宿屋はその一軒だけだし、すぐにわかるぜ」


「ありがとう!」


「ところでお嬢さん、あんたどこから来たんだ? この時間に到着する船はないはずだが」


「海の上を走ってきたんだよ! それじゃ!」


 受付さんにお礼を言うと、ボクは走って島の南側へと向かう。


 この島はカナーレ島のように水路が発達しておらず、陸路で進まねばならなかった。




 ……棒のようになった足を引きずりながら、ボクは島の宿屋に到着する。


 すると、ちょうどその入口にイソラの姿を見つけた。


「イソラー!」


「え、ナギサ!?」


 信じられないものを見るような顔をするイソラのもとに、ボクは駆け寄る。


「イソラ、ルィンヴェルに、解毒剤を……」


 そこで体力の限界が来たのか、ボクは全身の力が抜け、彼女の腕の中に倒れ込む。


「わっ、お、お父さーん!」


 イソラがナッシュさんを呼ぶ声が聞こえる中、ボクの意識は遠のいていった。


 ◇


 ……次にボクが目覚めると、見知らぬ天井が見えた。


「あ、ナギサ、気がついた?」


「……はっ」


 跳ねるようにベッドから起き上がると、目の前にイソラとナッシュさんの姿があった。


 続いて窓の外を見ると、真っ暗だった。


「い、今、何時?」


「そろそろ日が変わった頃。ナギサ、死んだように眠ってたよ」


「も、もうそんな時間……! ねえイソラ、解毒剤を……!」


「ナギサちゃん、落ち着いて。解毒剤って、どういうことだい?」


 思わずイソラの腕を掴んだ時、ナッシュさんがボクをなだめるように言う。


 それで少し冷静になったボクは、これまでの経緯を二人に話して聞かせる。


「マダラウミヘビの解毒剤か……どのみち、お店の倉庫にはないよ。今の時期に仕入れても売れるものじゃないからね」


「そうだったんだ……どうしよう」


 ナッシュさんはそう教えてくれるも、ボクは落胆していた。


 必死にここまで来たというのに。


「……待てよ。解毒剤を取り扱っている店に、一箇所だけ心当たりがある」


 その時、ナッシュさんが口元に手を当てながら言う。


「本当!?」


「ああ。知り合いが港に店を出していてね。明日の朝にでも、訪ねてみることにしよう」


「ちょっとお父さん、港のお店ってフェルゼンさんのところ?」


「そうだよ。あそこなら可能性がある」


「確かにそうかも……今の時期に水着とか、季節感のない品物を扱ってたし」


「そうだろう。覗いてみる価値はある」


 ナッシュさんは何度か頷くと、ボクに向き直る。


「というわけで、朝一番に港のお店を覗いてみることにしよう。ナギサちゃんもお友達が心配だろうけど、今はゆっくり休むべきだと思うよ」


 続いてそう言って、彼は毛布を手に部屋を出ていく。


 部屋にはベッドが二つしかないから、ボクとイソラに譲ってくれたのだろうか。


「ほら、せっかくお父さんが気を使ってくれたんだから、しっかり休みましょ」


 イソラは笑顔で言って、ボクをベッドに押し込む。それからすぐに、自身も隣のベッドに潜り込んだ。


 思えば、時間も時間だ。イソラたちも今日は仕事だったはずなのに、疲れた顔ひとつせずにボクの相手をしてくれた。


 ルィンヴェルのためとはいえ、急に押しかける形になったのは事実だし。今更ながら、ボクは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「……迷惑だなんて思ってないから、ナギサも休んでね。ルィンヴェルはきっと大丈夫だから」


 そんなボクの心を読んだように、イソラの声が聞こえてきた。


 彼女の言葉で気持ちがふっと楽になり、ボクはすぐに眠りに落ちていったのだった。


 ◇


 その翌日、ボクたちは港にあるという、フェルゼンさんのお店へと向かう。


 露天が無数に立ち並ぶ港の中心部からは少し離れた場所に、そのお店はあった。


「これはこれは、ベルジュ商店のお二人じゃないですか。本日はどういったご用件で?」


 店番をしていたのは、灰色のローブを身にまとった男性。深めに被ったフードのせいで顔は見えず、口元のヒゲが印象的だった。


「どうも、フェルゼンさん。今日は探している品物がありましてね」


 真っ先に声をかけようとしたボクを制止して、ナッシュさんが口を開く。


「ほう。あんたたちが俺の店で探し物なんて、明日は空から魚が降るかね」


 フェルゼンさんはケラケラと笑い、どこか小馬鹿にしたような視線でボクたちを見る。


 そんな彼の視線から逃れるように、ボクはお店に並ぶ商品を見渡す。


 その品揃えは変わっていて、季節は冬だというのに水着や海遊びで使うボールが売られていた。中には春の祭りで使う衣装まである。


 驚いたのはそれらの値段だ。水着が4000ルリラ、祭りの衣装が3500ルリラと、どれもカナーレ島で売られている時の10倍から20倍の価格だった。


「……お嬢ちゃん、うちの店の値段に驚いているようだな」


「え? う、うん……どうしてこんなに高いのかなって。水着とか、今は誰も着ないでしょ?」


「それがなぁ。この店の商品は不思議と売れる。例えばこの水着だが、数日前に一人の女が買っていった。そいつは夜の仕事をしているそうだ」


 彼は得意げに言って、ニヤリと笑う。


 よくわからないけど、欲しがる人はいるんだね。


「俺の長年の経験だが、季節外れのものを買い求めるやつは一定数いて、それなりの事情がある。多少値が張っても買うわけさ。それで、お嬢さんたちは何が欲しいんだ」


 そこまで話したあと、フェルゼンさんは改めてボクたちを見る。


「……マダラウミヘビの解毒剤が欲しいんだけど」


「おーおー、これまた珍しい品が来たな。安心してくれ。あるぜ」


 彼は一度手を打ち鳴らし、嬉々として背後の木箱を漁り始めた。


「あったあった。これだよな?」


 やがて、小さな瓶に入った軟膏状の薬を取り出す。


「そうです! 譲ってください!」


「おっと。まぁ、そう慌てなさんな」


 ボクは思わず手を伸ばすも、フェルゼンさんは解毒剤を引っ込めた。


「今の時期にこの薬が必要ってことは、よっぽどの事情があるんだろ。特別に5万ルリラで譲ってやろう」


「ご、5万ルリラ!?」


 彼の言葉に、ボクは耳を疑った。


 解毒剤は作るのが大変だし、高価なのもわかるけど……普段は2000ルリラほどで売られている。20倍以上だった。


「ちょっとフェルゼンさん、いくらなんでもふっかけ過ぎじゃないですか!?」


「これが俺のやり方なんでね。嫌なら別に良いんだぜ?」


 イソラが憤慨するも、フェルゼンさんはひょうひょうとしていた。


 さすがにそんなお金は持っていないし、どうしよう。


「ナギサさーん!」


 ボクが頭を抱えたその時、海から聞き覚えのある声がした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?