ルィンヴェルはすぐに自室へと運び込まれ、お医者さんが呼ばれた。
その場にはヴェルテリオス王やアレッタ、マールさんに加え、ボクも状況説明のために同席した。
やがてお医者さんの口から告げられたのは、ルィンヴェルの命は保って三日だという事実だった。
ボクとアレッタが言葉を失う中、ヴェルテリオス王は険しい表情を浮かべながら、お医者さんと部屋を出ていった。
「……まさか、王宮内に暗殺者が忍び込んでいたとは」
しばしの沈黙のあと、マールさんが声を絞り出す。
「ワタクシがもう少し早く、イザベラ様の警護から戻っていれば……!」
「マ、マールは悪くありません。お兄様はお強いですし、きっと毒にも打ち勝ってくれます」
ベッドに横たわるルィンヴェルを見つめながら、アレッタが祈るように言う。
その視線の先にいるルィンヴェルは、苦しそうに肩で息をしていた。
「……ボクのせいだ」
その様子を見ていられず、ボクは口を開く。
「ナギサお姉さま、どういうことですか?」
「ルィンヴェルはボクを
そう告げると、アレッタは視線を泳がせる。返答に困っているようだった。
「マールさん、ルィンヴェルの受けた毒、どうにか治療できないの?」
「マダラウミヘビの毒は遅効性ですが、非常に強力でして。残念ながら、解毒剤も存在していません」
悲哀の感情をにじませながら、マールさんは言葉を紡ぐ。アレッタは顔を覆っていた。
ボクも絶望感に打ちひしがれるも、直後にあることに気づく。
「……マダラウミヘビの毒?」
「そ、そうでございます。解毒剤が存在しないため、暗殺に使われることが多く……」
「解毒剤なら、あるよ」
「……は? それはどちらに?」
マールさんの声に動揺がまじり、アレッタが驚いた顔でボクを見る。
「地上だよ。知識もなく海に入ってウミヘビに噛まれる人もいるから、解毒剤が用意されてるんだ」
「それはまことですか!?」
「地上にそんな技術があるのですか!?」
二人がほぼ同時に叫ぶ。
「ボク、今から取りに行ってくるよ! できるだけ早く戻るから!」
いても立ってもいられず、ボクは王宮を飛び出す。
そのまま全力で駆け、街を覆ってある空気の膜を突破。海中へと身を投じた。
◇
地上に戻ったボクは、一番におばあちゃんの家に向かった。
「お、おばあちゃん! マダラウミヘビの解毒剤、どこ!?」
「いきなり帰ってきたと思ったら、話が見えないよ。落ち着いて話してごらん」
「大切な友達が、マダラウミヘビの毒にやられちゃって。でもそこには、解毒剤がなくて……ボク、急いで取りに来たの……!」
両膝に手をついて、息も絶え絶えにそう説明する。おばあちゃんはすぐに戸棚を調べてくれる。
「……ないね。そういえばこの夏、グラダさんのお孫さんに使っちゃったね」
次にそう言って、困り顔をした。
「それこそ、船頭ギルドにはあるんじゃないかい? 行ってごらんよ」
「船頭ギルドだね! おばあちゃん、ありがとう!」
ボクはお礼を言うと、そのまま近くの水路へとダッシュする。そのまま猛スピードで海上を駆けて、船頭ギルドへとたどり着く。
「……ナギサ、そんなに慌ててどうしたんだ?」
その受付にはラルゴがいて、肩で息をするボクを見て目を丸くしていた。
「実は……ルィンヴェルが……」
「なんだって? よし、ちょっと待ってろ」
理由を話すと、ラルゴはすぐに奥の倉庫へと向かってくれた。
しばらくして戻って来るも、その手には何も握られていなかった。
「……悪い。ちょうど切らしてるみてぇだ。夏の間は、あれだけあったのによ」
本当に悔しそうな表情でラルゴが言う。
夏は海水浴客が多いので、必然的にウミヘビによる被害も増える。
そのため、解毒剤もたくさん用意してあるのだけど……今は冬。この時期に海で泳ぐ人はいないから、薬の備蓄も不要なのだ。
「こ、ここにもないなんて。どうしよう……」
「ナギサ、落ち着け。あと解毒剤があるとすれば……ベルジュ商店の倉庫だ。今日はロイが店番に立ってるはずだから……」
「ありがとう! 行ってみるよ!」
ラルゴの言葉を聞き終わる前に、ボクは船頭ギルドをあとにする。次に向かうは、ベルジュ商店……イソラのお店だ。
「ロイ、解毒剤ちょうだい!」
お店に到着するやいなや、ボク叫ぶように言う。店番のロイはそんなボクを見て目が点になっていた。
「ナギサ、血相変えてどうしたのさ?」
そんなロイに、ボクは手短に理由を説明する。
「そ、それって大変じゃない。解毒剤、倉庫にあったかな」
弾かれたように立ち上がると、わたわたと店の奥へと入っていく。
その背を追っていくと、ベルジュ商店の倉庫へと行き着いた。
「うわ、ここ、すごいね……」
広さはお店のそれと同じくらいだけど、そこに背の高い棚がびっしりと並んでいた。
棚の一つ一つがボクの身長の倍はあるし、その中にとんでもない量の箱が詰め込まれている。
「……解毒剤、どこにあるのかな」
「そ、それがわからないんだ。僕もこのお店を手伝って三日目だからさ」
目の前の棚を見上げながら、ロイが困り顔をする。
そんな彼の近くにははしごが立てかけてある。高いところのものを取る時に使うようだ。
「と、とりあえず、片っ端から調べてみようよ」
そう言ってすぐ、ボクは目の前にあった箱を開ける。なんに使うのかわからない道具がたくさん入っていた。
一つ上に置かれた箱には無数の布が、別の箱にはアクセサリーのようなものが入っていた。
……これは、素人のボクが探し出すのは無理だ。普段からここを管理してる人じゃないと。
「ねぇロイ、イソラやナッシュさんはどこに行ったの?」
「昨日から商品の仕入れで、近くの島に行ってるんだ。なんでも、取引先にイソラを紹介するんだって」
「イソラ、着々と商人としての道を歩んでるんだね……それで、いつ戻るの?」
「明後日には帰るって聞いてるけど」
「そ、それだと間に合わないよ! どの島?」
「南方諸島のナコリン島だよ。あそこ、商人ギルドの本部があるからさ」
「ナコリン島だね! ボク、今から行ってくるよ!」
言うが早いか、ボクは駆け出す。
かなり遠いけど、行かなきゃ。