その翌日。ボクとルィンヴェルは、決意を固めて謁見の間に立っていた。
「……ルィンヴェルよ、今なんと申した?」
「私はこの者を……ナギサ・グランデを愛している。そう言ったのです」
ボクの手をしっかりと握り、凛とした表情でルィンヴェルが言う。
それと同時に、広場に集う兵士たちの間にざわめきが広がる。
「ええい、静まれ。静まらんか」
玉座に座るヴェルテリオス王は驚きと怒りの混ざりあった顔でわなわなと震え、その背後のイザベラさんは口元を手で覆い、目を見開いていた。
「自分の言っていることの意味がわかっているのか。相手は地上人だぞ」
「それがどうしたというのです。
「な、何が些末なものか。認めん。認めんぞ」
ヴェルテリオス王は玉座から立ち上がると、ボクを睨みつける。
「小娘よ、今すぐ地上に帰るのだ。そして、二度とこの国に近づかんと誓え。それならば、今回の一件は水に流してやる」
「そのようなことをすれば、私もこの国を出ます」
「なっ……!」
対するルィンヴェルの言葉に、ヴェルテリオス王は絶句する。
「……忌々しい地上人の娘め。ルィンヴェルをたぶらかしおって」
続いて絞り出すように言う。
今にも周囲の兵士たちに命令を下して、ボクを捕らえんとする勢いだ。
その迫力に気圧されないよう、ボクは必死に耐える。
「ヴェルテリオス王、お気持ちはわかりますが、落ち着かれてくださいまし」
その時、イザベラさんが一歩前に出て、
「し、しかし……ルィンヴェルは、そなたの顔にも泥を塗ったのですぞ」
「構いませんわ。ルィンヴェルが選んだのなら、潔く身を引くまでです。ここはわたくしに免じて、陛下も怒りをお沈めください」
「う、うむ……婚約者であるそなたが言うのなら」
言葉の端々に不満をにじませつつも、イザベラさんに諭されたヴェルテリオス王は玉座に腰を落ち着ける。
国王と一緒になって罵倒されるならともかく、まさか彼女から助け舟を出されるとは思わず。ボクは驚きを隠せなかった。
「……イザベラ殿はああ言ったが、これは国家間の問題でもある。しばし時間をくれ」
やがてヴェルテリオス王は意気消沈した様子でそう言うと、ボクたちに下がるように言った。
ボクは安堵感を覚えつつ、ルィンヴェルとともに謁見の間をあとにしたのだった。
◇
それから数日が経過し、イザベラさんが従者を連れて隣国に帰ったという話を耳にする。
一方のボクは、あてがわれた客室から出られずにいた。
日に何度かアレッタが会いに来てくれるものの、彼女も公務があるということで、長居はできなかった。
なんとなく軟禁されているような気分になってきた頃、ようやく外出が許される。
と言っても、外出許可が出たのは王宮の中だけ。
自分の置かれた状況はわからないままだったけど、ずっと部屋に閉じ込められているより、はるかにマシだった。
気晴らしをするように王宮の中を歩いていると、ずっと誰かに見られているような気がした。
まぁ、今のボクなら監視役がついていても不思議はないよね……。
そう考えることにして、特に気にも留めずに探索を続ける。
すると、中庭らしき場所を見つけた。
「わぁ……」
そこには様々な種類の花が植えられ、立派な庭園となっていた。
街の中で花を見た記憶がないし、海中都市では花の種が貴重なのだろう。
可憐な花をしげしげと眺めていると、向こうからルィンヴェルが歩いてくるのが見えた。
「あ、ルィンヴェルー。ようやく出られたよー」
ひらひらと手を振りながら、声をかける。ボクの存在に気づいた彼は笑顔で手を振り返してくれるも……直後に驚愕の表情を見せた。
不思議に思っていると、ルィンヴェルは猛烈な勢いで走ってきて、ボクを押し倒す。
「え、ルィンヴェル!?」
「ぐっ……!」
一瞬混乱するも、直後に苦しそうな彼の声と、誰かが走り去っていくような音がした。
ルィンヴェルの体の下から這い出してみると、彼の右肩に小さな矢が刺さっていた。
「え、なに、これ。ルィンヴェル、大丈夫?」
「ああ……大丈夫だよ。それより、ナギサが無事でよかった」
彼は身を起こすも、その顔色は明らかに悪い。
「悪いけど、矢を抜いてくれるかい? 矢じりに気をつけてね」
「う、うん」
言われた通りに矢を引き抜くも、その傷口はすでに紫色に変色しつつあった。
すぐに毒だと気づき、ボクは人を呼びに走ったのだった。