――思い切って一度会いに行ってごらん。
おばあちゃんはああ言ってくれたけど、ルィンヴェルがいるのは海の底なんだ。
海魔法の力で潜ることはできるけど、会って思いを伝えたところで、ルィンヴェルは王子様だ。明らかに身分が違うし、彼を困らせるだけじゃないだろうか。
そんな考えが頭の中をぐるぐると回り、ボクは全く寝つけなかった。
やがて鳥のさえずりが聞こえ始め、ボクはため息とともに起き上がる。
重たい頭のまま身支度をして、自分の部屋をあとにした。
それから水路に飛び降りると、何も考えずにただただ水の上を駆けていく。
こうでもしないと、頭の中で何かが爆発してしまいそうだった。
「あら、ナギサさん」
「えっ?」
その時、聞き覚えのある声がした。
思わず足を止めると、シンシアが路地からボクを見下ろしていた。
闇雲に走っているうちに、いつしか貴族街までやってきていたらしい。
「ひどい顔をしていますわ。かわいい顔が台無しでしてよ」
「あー、うん……ちょっと眠れなくて」
「ルィンヴェル様のことですわね」
「……っ」
その名前を聞いた瞬間、ボクは胸に痛みが走った気がした。
「……ナギサさんに一つ、お仕事を依頼したいのですが。今、お時間よろしいですか?」
「え、お仕事……?」
話の流れが読めない。シンシアは突然何を言ってるんだろう。
「ほら、お仕事の話をしましょう。こちらにいらしてくださいな」
シンシアは朗らかな笑みを浮かべながら言って、手招きをする。
少し
「……今回はどんな依頼なの? 無茶ぶりはやめてよね」
どこか気乗りしないのもあって、つい棘のある言い方をしてしまう。
シンシアはそれを気にする様子もなく、口を開いた。
「とあるお届け物を、ルィンヴェル様のもとに届けてほしいのです」
「……え、どこに?」
言葉の意味が理解できず、ボクは聞き返す。
「ルィンヴェル様のところにです。まさか、島一番の届け屋さんが無理だなんて言いませんよね?」
「いや、ボク、ルィンヴェルの住んでる場所知らないし……」
「そこはご自分でなんとかなさってくださいまし。届け屋さんの都合なんて、知ったことではありませんわ」
「うぅ……それで、何を届ければいいの?」
「――ナギサさんですわ」
シンシアは表情を変えることもなく、さも当然のように言った。
「ルィンヴェル様のもとに、ナギサさんを届ける。それがわたくしの依頼ですわ」
……その直後、ボクはシンシアの意図を理解した。
「でも、なんで?」
「こうでもしないと、ナギサさん、ずっとうじうじしていそうでしたし。あの方に対する恋心、気づかれていないとお思いでした?」
悪戯っぽい笑みを向けられ、ボクは力なく笑う。
「本当、ナギサさんらしくありませんわ。この際、やれることはやってみるべきだと思います。後悔するのは、その後でもよろしいのでは?」
「ボクらしく……」
「そうです。ナギサさんはわたくしと違って、あの方に会いに行く
シンシアはボクをまっすぐに見つめながら、力強い声で言った。
「……シンシア、ありがとう。ボク、やってみるよ」
彼女の気持ちをしっかりと受け止めて、ボクは頷いた。
「その意気ですわ。頑張ってくださいませ」
最後にそう言い残すとシンシアは立ち上がり、笑顔で貴族街の中へと消えていった。
ボクはその後ろ姿を見送ったあと、親友に心の中でもう一度お礼を言ったのだった。
それから家に戻ったボクは、おばあちゃんに今からルィンヴェルに会いに行くことを伝えた。
「そうかいそうかい。でも、せめて朝ごはんは食べておいき」
おばあちゃんは安心した顔で言って、焼きたてのフォカッチャを手渡してくれた。
ボクはそれをしっかりと味わったあと、出立の準備に取り掛かった。
◇
準備を整えたボクは、島の北側の海に移動する。
周囲に船の姿はなく、海鳥たちの声と、波の音だけが聞こえていた。
そこでボクは目を閉じて、深呼吸をする。
――アレッタ、聞こえる? 聞こえたら返事をして。
そのまま意識を集中し、アレッタとの念話を試みる。
彼女が島にいる時は、かなり離れていても通話することができていた。
二人の住む国は島の北の海底にある……そんな話を聞いた覚えがあるし、ここからならボクの声が届くかもしれない。
――アレッタ、お願い応えて。ボク、ルィンヴェルに会いたいんだ。
少しずつ場所を変えながら、強く、強く心に思う。
『――ナギサお姉さま?』
やがて、小さいながらアレッタの声が聞こえた。その瞬間、ボクは涙が出そうになる。
『よかった。やっと届いたよ』
『わたしもお話できて嬉しいです! お姉さま、どうされたのですか?』
『ボク、二人の国に行きたいの! 場所を教えてほしいんだ!』
『お任せください!』
無理を承知で頼むと、アレッタは声を弾ませる。
『その言葉、アレッタはずっと待っておりました! ぜひともフヌケになったお兄様に活を入れてくださいませ!』
『ええっ、それってどういうこと!?』
『道案内をしながらお話いたします! お姉さま、今はどちらにいらっしゃいますか?』
『えっと、島の北側の海の上だよ!』
『それでしたら、まずは
『反り立った岩……ロウソク岩のこと?』
『それです! まずはその根元に向かって潜ってください!』
「えーっと、ロウソク岩についたら、そこから海底に向かう……」
これまで受けたことのない道案内に困惑しつつ、ボクは海の上を駆ける。
ほどなくしてロウソク岩に到着すると、そこから大きく息を吸って、ボクは海中へと身を投じる。
以前と同じように海魔法の力が働いているのか、どれだけ長い時間潜っても全く苦しくならなかった。
そればかりか、冬が近いというのに海水の冷たさすらほとんど感じない。むしろ温かい気さえする。
『海に入られましたか? それでは一度海底まで潜ってください! 右手側に海底山脈が見えますので、まずはそちらに向かってください!』
『う、うん! 海底山脈だね!』
……その後、ボクはアレッタに導かれるままに海の中を進む。
色とりどりのサンゴ礁や、白銀色に輝く魚の群れの中を通り抜けていくと、やがて海底山脈の
……そこには、巨大な都が広がっていた。