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第6話『皆の変化』


 そんなこんなで、ボクとアレッタの二人暮らしは続く。


 彼女がしっかりと留守番をしてくれるおかげで、着実にボクの仕事は楽になっていった。


 アレッタも受付業務の傍ら、ロイから借りた本を読むことができると喜んでいたし。彼女にとっても天職のようだった。


「……ロイとアレッタって、仲いいよねぇ」


 そんなある日。ボクは舟屋でシンシアへの手紙の返事を書きながら、そう言葉を漏らす。


「そうだね。あの子も地上の本に興味があったみたいだし、物語を紡ぎ出すロイを尊敬しているようだよ」


 その呟きを拾ってくれたルィンヴェルは、本に視線を落としたまま、どこか嬉しそうだ。


 ちなみに今日は休日なので、アレッタはロイの家に遊びに行っている。


 それこそ読み上げた本の感想とか、二人で熱く語り合っているのかもしれない。


 そんなことを考えながら、窓の外を見る。そこから見える空はすでに茜色をしていた。


 時間も時間だし、そろそろ彼女を迎えに行ったほうがいいかもしれない。


「……うん。面白いお話だった」


 その時、ルィンヴェルが読んでいた本を閉じる。


 彼が読んでいたのは、以前ボクがロイから借りた『サラニーチェの初恋』だ。


「あ、読み上げたんだ。ラストシーン、良かったよね?」


 その本を一足先に読み終えていたボクは、羽ペンを動かす手を止めてルィンヴェルに問いかける。


「そうだね……公爵令嬢が王子の婚約者として現れた時は、サラニーチェの恋路もここまでかと思ったけど、まさか王子が身分を捨ててまでサラニーチェと添い遂げるなんて。彼女の苦労が全て報われた気がしたよ」


「そうそう! まさに愛の力の勝利! って感じだったよね!」


 ルィンヴェルの感想はボクのそれとほとんど同じで、つい嬉しくなる。


「物語の中だとしても、こういう恋愛って憧れるよねー。ルィンヴェルが同じ立場だったら、どうする?」


「え、僕かい?」


 ……言ってから、彼が本当の王子であることを思い出した。これは失言だったかも。


「うーん……そうだね。僕の場合は……」


「あああ! やっぱり答えなくていいよ! ボク、本をロイに返してくる! ついでにアレッタも迎えに行くから!」


 言うが早いか、ボクはテーブルに置かれていた本をひったくると、そのまま一階へ続くはしごを滑り降りた。


 ◇


 それから水路を駆け抜けることしばし、ロイの家の前に到着した。


 水柱を発生させて石畳の上に着地すると、ボクは胸に手を当てて息を整える。


 手にした本が濡れていないのが奇跡なくらい、ボクは動揺していた。


「いくら同じ感想で嬉しかったからって、あんなことを聞いちゃうなんて……これからは気をつけなきゃ」


 誰にともなく呟いたあと、ボクはロイの家に足を向ける。


 ……するとその入口に、ロイとアレッタが立っていた。ちょうど別れの挨拶をしているらしい。


「――え」


 その様子をなんとなしに見ていると、アレッタが一生懸命背伸びしたあと、ロイの頬にキスをした。


 一瞬目を疑ったけど、アレッタは悪戯っぽい笑みを浮かべている。どうやら本物のキスではなく、チークキスのようだ。


 えええ、あの二人って、もうそんな親しい間柄になったの!?


 いやいやいや、もしかするとチークキスは異海人いかいじんの間だと軽い挨拶代わりなのかもしれない。


 でもそれだと、ボクは一度もルィンヴェルからチークキスされたことないし……って、何を考えてるの!


 目の前の光景が信じられず、ボクの頭の中はパニック寸前だった。


「あ、ナギサお姉さま!」


 そんな折、こちらに気づいたアレッタが嬉しそうに手を振ってくる。


 ……今が夕方でよかった。街全体がオレンジ色に染まっているし、多少顔が赤くなっていても誤魔化せる。


「ロ、ロイ! これ、借りてた本!」


 ボクはそんなアレッタの隣を素通りすると、耳まで赤くなっているロイの胸に本を押し付ける。


「お、面白かったよ! アレッタ! 帰るよっ!」


 矢継ぎ早にそう口にすると、ボクはアレッタの返事も待たずに水路へ飛び降りる。


「あ、あの、ナギサお姉さま? 何をそんなに慌てて……」


 背後のアレッタの声が遠ざかっていくのを聞きながら、ボクは全力で舟屋へと駆け戻ったのだった。


 ◇


 それから無心で水路を駆け、舟屋へと帰り着く。


「……ただいま」


「あれ? アレッタを迎えに行ったんじゃないのかい?」


 無理しすぎて重たい足を引きずりながら二階に上がると、エプロン姿のルィンヴェルがキッチンに立っていた。


 バジルのいい匂いが立ち込めているあたり、夕飯を作ってくれているらしい。


「色々あってね……やっぱりあの二人、仲がいいよ」


「……?」


 ため息まじりにそう口にすると、ルィンヴェルは首をかしげた。


「なんでもないよ……ボク、ちょっと頭冷やしてくる」


 そんな彼に疲れた笑みを返してから、ボクはシャワー室へと向かったのだった。


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