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第5話『アレッタと、ボクの幼馴染たち』


 その翌日も、ボクはアレッタに仕事を手伝ってもらっていた。


『ナギサお姉さま、お客様です!』


 住宅地で受け取った荷物を繁華街に配達していると、彼女から連絡が来た。


「名前と届け先を聞いておいて!」


『いえ、荷物の依頼ではないそうです。名前を伝えればわかると……イソラ様、だそうです』


 中央運河で無数のゴンドラを避けながら、頭の中に響く声に耳を傾ける。どうやら相手はイソラのようだった。


「その子はボクの幼馴染だよ! 今の配達が終わったらすぐに戻るから、お茶を出してあげて!」


『わかりました! はじめまして。わたしはアレッタと申します。はい、先日からこちらでお世話に……』


 そこまで聞こえたところで、念話が途切れた。


 そういえば、イソラとアレッタは初対面だった気がする。


 後できちんと説明してあげなきゃ……なんて考えながら、ボクは配達先へ急いだのだった。




 やがて舟屋に戻ると、アレッタとイソラはすっかり打ち解けていて、コーヒーを飲みながら談笑していた。


 アレッタはあの性格だし、基本誰とでも仲良くなれるみたいだ。


「ルィンヴェルに妹さんがいたんだ。これは、ぜひ歓迎会を開かないとだね」


「本当ですかっ? ありがとうございます!」


 イソラの持ってきてくれたアマレッティに舌鼓を打ちながら二人の会話を聞いていると、いつしかそんな話になっていた。


「そうだね……三日後の夜とかどう? ナギサもお仕事終わってからなら参加できるよね?」


「え? もちろんできるけど」


「うんうん。それじゃあ決まりだね。今日のうちから準備始めちゃわないと」


 ボクの答えを聞いたイソラは声を弾ませ、椅子から立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待って。確かにアレッタを皆に紹介する良い機会だとは思うけど、急すぎない?」


「大丈夫よ。島の仲間が増えるのは大歓迎だし、ラルゴにも手伝わせるから。コーヒー、ごちそうさま」


 言うが早いか、イソラはオレンジ色の三つ編みを揺らしながら笑顔で去っていく。


 そんな彼女の背を、ボクは呆気にとられながら見送ったのだった。


 ◇


 ……そんなこんなで、歓迎会当日。


 それぞれの仕事を終わらせたボクたちは、ロイの家である宿屋『歌うイルカ亭』の食堂に集合していた。


「アレッタ、ようこそ、カナーレ島へ!」


 飲み物が行き渡ったところで、皆で歓迎の言葉を口にする。


「皆さん、ありがとうございます!」


 笑顔でお礼を言うアレッタの前には、ボクたちが持ち寄った様々な料理が並んでいる。


「ボクはミックスフライを買ってきたよ。揚げたて……とまではいかないけど、まだ温かいから。栗にキノコ、島の秋の味覚がたっぷりだよ」


「ナギサお姉さま、ありがとうございます!」


「ドルチェはパンナコッタを作ってきたから、あとで食べてね」


「はい! 楽しみです!」


「ナギサにイソラ、あまり甘やかさないでね。アレッタはすぐ調子に乗るから」


「まぁ、お兄様、アレッタは地上では大人しくしているのですよ」


 そしてルィンヴェルもお目付け役として歓迎会に参加していて、呆れ顔をしていた。


「見慣れない子が届け屋の舟屋にいるって噂、ずっと耳にしてたけどよ。まさかルィンヴェルの妹だったなんてな」


 そう口にしながら大皿の料理を取り分けている赤髪の少年はラルゴだ。


 ゴンドラ乗りとしてデビューしたばかりの彼は以前にも増して忙しくなったそうで、最近は舟屋にもほとんど顔を見せていなかった。


 もう少し秋が深まればゴンドラレースもあるし、今が一番忙しい時期だと思う。


「ほれ、キノコを中心によそってやったぜ」


「これがキノコ……初めて食べます。海の中にはないものですから、ドキドキします」


 ラルゴから器を受け取りながら、そこに盛られたキノコのソテーに目を輝かせる。


「アレッタちゃん、海の中ってどういうことだい?」


「あ」


 その時、カウンターの奥でボクたちの様子を見ていたステラさん――ロイのお母さんが、不思議そうな顔で訊いてくる。


「失礼、僕たちは遠くの島国出身で。山の幸は珍しいんだ」


「そうかいそうかい。キノコのリゾットも作ってあげるから、食べたくなったら言いな」


「は、はい! おばさま、ありがとうございます!」


 ルィンヴェルが割って入り、そう説明する。ステラさんは納得顔をしていた。


 直後にお礼を言ったアレッタに、ルィンヴェルが耳打ちをする。


「僕たちが異海人いかいじんだってことは、このテーブルにいる皆だけの秘密だよ。迂闊な発言はしないようにね」


「は、はい……お兄様」


 少し強めの口調で言われ、アレッタは神妙な顔で頷いた。


 そういえば、二人は異海人で、王子様とお姫様なんだよね。見た目はボクたちとほとんど変わらないから、つい忘れそうになっちゃうよ。


「そういえば、ナギサお姉さまから聞きました。ロイ様は物語を書かれるのですか?」


「え?」


 ややあって、アレッタがロイにそう問いかける。黙々と料理に向かっていたロイは不意を突かれたのか、体が少し飛び跳ねて、メガネがずり落ちた。


「えー、あー、うん。書いてるよ」


 ずれたメガネを直しながら、ロイは気恥ずかしそうに言う。


「ぜひ読ませていただきたいのですが、いつならお時間よろしいでしょうか?」


「えぇっ、い、いつでもいいけど」


「なら、この歓迎会が終わったあとにでも……!」


「アレッタ、さすがに夜遅くなるから、日を改めよう?」


 席を離れてロイに詰め寄るアレッタを、ルィンヴェルが優しくたしなめる。


「もしかして、アレッタは物語が好きなの?」


「はい! 王きゅ……家には本があまりないので!」


 ロイが尋ねると、そんな言葉が返ってくる。


 ルィンヴェルも、海の中には地上のように幅広いジャンルを扱った本はないと言っていたし、アレッタも興味があるみたいだ。


「そ、そうなんだ。じゃあ、何か本を貸してあげるよ」


「本当ですか!? では、今すぐに!」


「ええっ、今から!?」


「ははっ、ここまで本に興味を持ってくれる女の子も珍しいじゃないか。ロイ、書斎に案内しておあげよ」


「書斎があるのですか? ぜひ見てみたいです!」


「わ、わかったから、それ以上顔を近づけないで……」


 前のめりにグイグイ来るアレッタに、ロイはタジタジになる。彼は頬を赤らめたまま、アレッタを連れて二階へと消えていった。


「……やれやれ、さっそく妹がご迷惑をおかけして申し訳ない」


 その背を見送ったあと、ルィンヴェルがため息まじりにステラさんに謝罪する。


「いいってことだよ。同じ趣味を持つ女の子なんて、島にはいないからね。こりゃ、ついにロイにも春が来るかもしれないね」


「ステラおばさん、さすがにそれは話が飛躍し過ぎなんじゃない?」


「そんなことないと思うけどねぇ。イソラちゃんとラルゴ君だって付き合ってるんだろ? 島じゃ、もっぱらの噂だよ」


「え」


 やけに明るくステラさんが言うと、当の二人は顔を真っ赤にして固まった。


 最近の二人の状況からしてそうなんじゃないかと思ってはいたけど、噂になるレベルなんだ。色恋沙汰の噂には羽が生えると言うけど、すでに島中に広まってるのかな。


「近頃、ナギサちゃんもその男の子といい感じだって聞くし、ロイ一人が残されそうで不安だったんだよ」


「……ボ、ボクとルィンヴェルは別になんでもないからね!」


 反射的にそう声を上げると、食堂内に笑い声が響いたのだった。


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