岩礁地帯で助けた女の子を連れて舟屋に戻ったボクは、彼女を一階の床に寝かせてあげる。
少し様子を見て目を覚まさないようなら、
「う、うーん……」
ややあって、その口から小さな声が漏れ、閉じていた目が開かれた。
「目が覚めた? 痛いところはない?」
「あれ、ここは……?」
弱々しい声のあと、彼女は戸惑いの表情で室内を見渡して……ボクと目があったところで動きを止める。
「キミは海で倒れてたんだよ。それをボクが見つけて、ここまで運んだんだ。あ、ボクはナギサ・グランデ。キミは?」
「アレッタと申します……助けていただいて、ありがとうございました」
そう言うが早いか、アレッタと名乗った少女は上体を起こし、頭を下げた。
「あああ、まだ寝てなくちゃダメだよ」
慌てて声をかけ、彼女に横になってもらう。それと同時に、ボクは改めて彼女の姿を見る。
ウェーブのかかった髪は腰ほどまであり、青みがかった銀色をしている。
まだあどけなさを残した顔立ちは、そのドレスのような服装も相まって人形のようだった。
「それで、アレッタちゃんはどうしてあんな場所に倒れてたの?」
「家出です」
「へっ? 家出?」
なんとなしに尋ねてみたところ、そんな言葉が返ってきて、ボクは固まる。
「そうです。家出です。実はお兄様とケンカをしまして」
「は、はぁ。ケンカ……」
「勢いで家を飛び出して、地上に向って泳いでいたところ、妙な渦に巻き込まれてしまいまして」
……なんか以前、ルィンヴェルも同じように渦に巻き込まれたって言ってなかったっけ。
あの岩礁地帯は地形が複雑だから、渦も起こりやすいんだよね。異海人にとっても、あそこは危険スポットな気がする。
「そういうことなら、なるべく早く家に帰ったほうがいいんじゃない? お兄さんも心配してるだろうし」
「いーえ、アレッタは帰りません! ナギサお姉さま、わたしをここに置いてください!」
「ええっ、ダメだよ! ボクは仕事が忙しいし、借金もあるから人を養う余裕なんてないよっ」
「お姉さま、何のお仕事をされているのですか? その見た目からして、船乗りさんですか?」
「違うよ。ボクは届け屋をやってるんだ」
「とどけや……?」
「えっと、どんな仕事かっていうと……」
ボクの言葉を繰り返しながら小首をかしげるアレッタに、届け屋とはどんな仕事か話して聞かせた。
「……なるほど。届け屋とは人々に幸せと喜びを運ぶ、素晴らしいお仕事なのですね!」
「え? えへへ……それほどでも……」
説明を聞いたアレッタはその大きな瞳をキラキラと輝かせながら、羨望の眼差しでボクを見てくる。嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちになった。
「そんな素晴らしい仕事をするナギサお姉さまの手伝いを、わたしもしたいです! どうかお願いします!」
「そ、そこまで言うのなら……って、ダメダメ! 危うく口車に乗せられるところだったよ! お兄さんが心配してるから、キミは帰らないと!」
「いーえ! アレッタは帰りません!」
うぅ、強情だなぁ。えらい子を助けちゃったよ。
大きくため息をついて、ボクは頭を抱える。
一度は助けちゃったし、年端もいかない女の子を無理矢理放り出すわけにもいかない。
どうしたものかと悩んでいると、あることを思い出した。
「……そういえば、アレッタって岩場でボクの頭に直接話しかけてた?」
『こうですか?』
「うわあっ!?」
直後、頭の中に彼女の声が響き渡り、ボクは驚嘆の声を上げる。
「そ、そうそれ。それって、海魔法の一種? アレッタって、異海人だよね?」
『確かに異海人ですけど、これは海魔法ではなく、わたし特有の能力です!』
思わず問うと、頭の中に直接返事が飛んでくる。その間、アレッタの口は一切動いていない。
「も、もういいよ。ありがとう。なんか頭痛くなってくるね、コレ」
ボクはそう口にして、とっさに右のこめかみを押さえる。
それにしても、なんでアレッタの声が聞こえるんだろう。
『おそらく何らかの原因で共鳴してしまったのだと思います!』
「ぎゃー、頭に響くから叫ばないでー! というか、ボクの考えてることが伝わった?」
「そのようですね。異海人同士でも、こんなにうまく念話ができることはありません。きっと、わたしとナギサお姉さまは相性がいいのです!」
「え、相性ってなんの!?」
「うまく説明できませんが、これだけスムーズに通話できているのですし、相性がいいのは間違いありません!」
「そ、そんなものなのかなぁ……?」
「ええ! これはもう、わたしをそばに置けという海神さまの思し召しに違いありません!」
……なんか言ってる。なんか言ってるよ。
「だからダメだってば! お兄さんが心配するよ!」
『お兄様には少し反省させるべきなのです! アレッタは帰りませんー!』
「ぎゃーー! 頭の中に叫び声を飛ばさないでーー! わかったからーー!」
……そんな押し問答をしばらく続けたのち、ボクはついに折れ、彼女の滞在を認めてしまったのだった。
うぅ……年下の女の子に押し負けちゃった。
お仕事を手伝いたいっていう熱意は本物だと信じたいけど、これからどうなることやら。
……まぁ、衝動的に家出しちゃったみたいだし、そのうち淋しくなってお兄さんのもとに帰りたくなるはずだよ。それまでの辛抱かな。
「アレッタは帰りませんから!」
「だから、心を読まないでー!」