そんな出来事から数日が経ち、ボクは今日も仕事をこなしていた。
「依頼をお受けいただき、ありがとうございます。ナギサさんに、神のご加護がありますように」
「あ、ありがとうございますー。それじゃあ、いってきまーす」
荷物を運ぶぐらいで大袈裟だなぁ……なんて思いつつ、ボクは水上教会をあとにする。
その日はなんと、牧師さんから依頼があったんだ。
配達先は島の貴族街で、水上教会との位置関係から、運河を通らず島の西側に沿って北上するルートを選ぶ。
荷物の中身は特注のロザリオだって言ってたけど、牧師さんってそういう細工も作るのかな。
「やあ、ナギサちゃん!」
そんな疑問を思い浮かべつつ浜辺沿いの海を走っていると、ミックスフライ屋のお兄さんが声をかけてくる。
「仕事の合間にどうだい? 秋の新作だよ!」
そう言って手を振る彼の隣には看板が立っていて、『カナーレ島名物ミックスフライ!貴重な白トリュフパウダーと天日塩で味付け!』と書かれていた。
「おいしそうだね! 今配達の途中だから、帰りに寄らせてもらうよ!」
もう白トリュフが採れる時期になったのかぁ……なんて考えつつ、大きな声で返事をする。
新しいの、揚げとくよー! なんて嬉しい声を背に、ボクは貴族街へ向けてひた走ったのだった。
……やがてたどり着いた貴族街の一角。ノークロック家のお屋敷の前で、荷物を執事さんに手渡す。
「……ふむ。確かにお預かりいたしました。ナギサ様、今後ともご
「こ、こちらこそー。ご利用ありがとうございましたー」
深々と頭を下げる執事さんに、ボクも何度もお辞儀をする。
海上パレードの時にシンシアが大々的に宣伝してくれたおかげで、最近は貴族様からの依頼も増えていて、それ自体は喜ばしいことなんだけど……毎回緊張しちゃうんだよね。
なんともいえない脱力感に襲われながらお屋敷をあとにし、ボクは水路へと飛び降りる。
ここから一旦北上して海に出て、西回りで舟屋に帰ることにしよう。
配達料金も多めにもらえちゃったし、お昼ごはんにミックスフライを買って帰ってもいいよね。
秋の新作、気になるなぁ……キノコもカボチャもおいしい季節になったし。
そんなことを考えながら海上を走ることしばし。いつしか島西部に広がる岩礁地帯に差し掛かった。
もちろん、これまでさんざん通り慣れた道だし。岩にぶつかるなんてヘマはしない。
まるで踊るように岩を飛び越え、先に進んでいく。
――うう、誰か助けてください……。
……その時、頭の中に声が響いた。
「え?」
思わず立ち止まって周囲を見渡すも、それらしい姿はない。聞き間違えかな。
「うーん? なんか、ずっと前もこんなことがあったような……あの時は確か、マールさんの声で……ルィンヴェルを助けたんだっけ」
初夏の出来事を思い出しつつ、速度を落として岩礁地帯を進む。
――誰か助けてください……。
すると、再び頭の中に声が響いた。聞き間違えじゃない。
「ねぇ、どこにいるの!?」
次の瞬間、ボクは叫ぶ。ややあって、同じような弱々しい声が頭の中に響いた。どうやら女の人みたいだ。
その声を頼りに、ボクは岩礁地帯の中をくまなく探す。
この辺りは大小さまざまな岩が不規則に海面に出ているので、死角になっている場所も多い。どこにいるのかな。
「――いた!」
しばらくして、海面に突き出た岩の上に横たわる女の子を見つけた。
「ちょっとキミ、大丈夫!?」
急いで駆け寄って声をかけるも、少女からの反応はなかった。
「ど、どどどどうしよう。息はしているみたいだけど、船が沈没して流れ着いたのかな。それより、お医者さんに連れて行ってあげないと……!」
頭とか打ってるかもしれないし……なんて考えながら、ボクは少女の周囲を右往左往。怪我をしていないかどうか、顔を近づけてその子の体をくまなく見てみる。
すると、少女の肩に
「……あれ? この子ってもしかして……
そう気づいたボクは海魔法を発動。少女を海水で包みこんでみる。
水の膜に包まれた彼女をおそるおそる観察していると、海水の中でも普通に息をしているように見える。以前のルィンヴェルと同じだ。
……それなら、このまま舟屋に連れて行って休ませてあげるべきかな。
少し冷静になったボクはそう決めると、海水に包んだままの少女を慎重に自宅の舟屋まで運んだのだった。