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第1話『移ろう季節、出会いと別れ』


 カナーレ祭りが終わると、それを待っていたかのように季節は進む。


 気がつけば空はすっかり秋めいて、潮風も心地よく感じるようになってきた。


 学園の夏休みも終わりが近づき、シンシアは島を離れることになった。


 ボクはルィンヴェルや幼馴染たちと並んで、彼女の乗った聖王国行きの船を見送る。


 その父親であるモンテメディナ伯爵様はちょうど仕事の打ち合わせが入ったらしく、この場にはいらっしゃらなかった。


「……まさか、この夏の間に貴族様とお近づきになれるなんて思わなかったよ」


「本当だよなぁ……」


 ロイとラルゴはしみじみと言い、シンシアの乗った船を見上げていた。


 ……海賊団による誘拐事件を経て、ボクはシンシアと友達になった。


 そうなると、幼馴染たちにも必然的に紹介することになるわけで……ボクたちはいつしか、すっかり仲良くなっていた。


 ラルゴやイソラは、すでに何度かシンシアと会ってはいたものの、友人として対等な立場で接するのは初めてだった。


 シンシアは可愛いし、あの積極的な性格だ。特に男の子二人はタジタジになっていた。


「ラルゴのゴンドラの腕前も褒めてくれてたし、よかったじゃない」


「イソラ、なんでお前は拗ねてるんだよ」


「拗ねてなんかないから」


 そんな男子たちとは裏腹に、イソラは明らかにご機嫌ななめだった。


 もしかして、貴族令嬢と商人の娘じゃ勝負にならない……とか思ってるのかな。


 イソラの不安な気持ちはわかるけど、ラルゴは絶対大丈夫だから。


「ナギサさん、毎週手紙を出しますからね!」


 その時、シンシアが船の上から高らかに宣言する。


「ありがとう! ボクも……って、毎週!?」


 いや、毎週はやめてほしいんだけど。手紙をもらったら当然返さなくちゃいけないわけだし、その切手代や便箋代も馬鹿にならない。


 届け屋で稼いだお金が、毎週手紙代で消えていったら、それこそ本末転倒だった。


「ルィンヴェル様! お慕いしております!」


 続けてシンシアはルィンヴェルにそんな言葉を投げる。


 当の本人は笑顔のまま手を振っていたけど、連日のシンシアの猛アタックをかわしきったあたり、女性に言い寄られることは日常茶飯事なのかな。王子様だし。かっこいいし。


「……どうかした?」


「うえっ!?」


 その横顔をなんとなしに眺めていると、不意に声をかけられた。


 思わず、妙な声が出てしまう。


「なんでもないよ! それより、シンシアがいなくなってルィンヴェルも淋しいんじゃない?」


「そんなことはないさ。それより彼女、定期的に遊びに来るって言ってたけど……本気かな」


「どうかなぁ。魔法学園、全寮制なんだけど。シンシアのことだし、貴族権限でどうにかしちゃうかも」


「はは、それは気が抜けないなぁ」


 ルィンヴェルは困り顔で頬を掻く。


 口には出さないけど、グイグイ来るシンシアは彼にとって苦手なタイプなんだろうなぁ。


 そんなことを考えつつ、ボクたちはだんだんと離れていく船を見守ったのだった。


 ◇


 ……それから数日後。島に平穏な日々が戻ってきた。


 といっても、仕事は相変わらずたくさん舞い込んでくる。


 ボクはその日もお弁当の配達を請け負って、島の北西部の海を駆けていた。


「おまたせしましたー! ナギサの届け屋です!」


「おおっ、噂に違わず早いなぁ。配達料、ちょっと色つけちゃうぞぉ」


「ありがとうございまーす!」


 ボクは声を弾ませながら、小船に乗った男性にお弁当を手渡す。


 この人はカナーレ祭りを期に島に移り住んだ商人さんで、仕事が休みの日はこうして日がな一日、釣り糸を垂れているのだ。


「ご利用ありがとうございましたー!」


 最後に元気な挨拶をして、ボクは小船を離れる。


 そのまま島の北側から中央運河に入って、自宅である舟屋へと向かう。


「おっ、ナギサちゃんじゃないか。パレード、見てたよ」


「えへへー、ありがとうございますー」


 その道中、ゴンドラに乗った男性から声をかけられ、ボクは速度を落とす。


 海上パレードの先導役をやってからというもの、これまで以上に声をかけられることが増えた。


「来年の先導役も決まったって話じゃないか。今から楽しみだよ」


「えぇっ、いや、それはゆくゆく考えようかな……ってくらいで。まだ何も決まってないんだよ!」


「そうなのかい? ブリッツの旦那がナギサちゃんも快諾してくれたって、打ち上げの席で話してたが」


「お酒を飲んでる時のあの人の話は信用しちゃダメだよっ! ともかく、何も決まってないからね!」


 叫ぶように言ったあと、ボクは再び速度を上げ、舟屋へ向けてひた走った。


 ◇


 ようやく舟屋に帰り着くと、そこには二人の女性がいた。


「ああ、ナギサちゃん、ようやく戻ってきたかい」


「誰もいないから、ずっと待ってたんだよ」


 そう言う二人の手には、それぞれ木箱があった。どうやらお届けものの依頼らしい。


「ごめんなさい。ちょっと海のほうまで行っていて……どちらまで運べばいいですか?」


「うちのは集合住宅のグラダ爺さんのとこだけど……中身は魚なんだ。早く食わないと、傷んじまうよ」


「うちのは貴族様に届ける野菜だよ。ビーツはまだ余裕があるけど、チコリーはしおれて見栄えが悪くなっちまう」


「わ、わかりました。すぐにお届けします!」


 そこまで話を聞いたボクは、荷物を受け取ると水路へと取って返す。


 ……仕事がたくさんあるのは嬉しいことだけど、最近は配達依頼が多すぎて、お客さんを待たせてしまうことが増えてきた。


 それこそ以前ラルゴが船頭ギルドでやっていたように、舟屋にも受付さんがほしいところだけど……さすがに人を雇うような余裕はないし。幼馴染たちに頼むわけにもいかない。


 なんとかならないかなぁ……なんて頭の片隅で考えつつ、ボクは配達先へ向けて運河をひた走ったのだった。



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