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第40話『戦いを終えて、日常へ』


 その後、無事に海賊から逃げ切ったボクたちは、岩礁地帯の岩の上に立ち、昇ってくる太陽を見つめていた。


「ようやく夜が明けたね」


「長い夜だった……もう、朝は来ないものかと思うほどに」


 ため息まじりにそう口にして、呆けながら隣を見る。


 朝日に照らされる中、ルィンヴェルにお姫様抱っこされているシンシアの姿が目に飛び込んできた。


 シンシアは海魔法が使えないし、素早く逃げるためには抱きかかえる必要があったのかもしれないけど……このモヤモヤする気持ちはなんだろう。


「あ、あの。今更ですが、貴方様のお名前は……?」


 そんなことを考えていた矢先、シンシアがルィンヴェルの顔を見つめながら尋ねる。


「ああ……そういえば答えていなかったね。僕はルィンヴェル。異海人いかいじんで、海の中にある国の王子だよ」


「まぁ、ルィンヴェル様は王族だったのですか? これは、とんだ失礼を……」


「気にしないで。それより、怪我がなくて何よりだよ」


 そう言って笑うルィンヴェルを見るシンシアは胸の前で手を組み、その大きな瞳はキラキラと輝いていた。


 あれー? ちょっとシンシア? 何かときめいてない? 気のせいかな?


「お取り込み中のところ、失礼いたします。ワタクシは殿下の執事をしております、マールと申します」


 そんな二人の間に、マールさんが割って入る。


 なんとも言えない空気を壊してくれたように感じて、ボクは胸を撫で下ろす。


「シンシア様、不躾ぶしつけなお願いではございますが、我々のことは他言無用でお願いいたします。殿下はお忍びで地上に来られておりますゆえ」


「もちろんですわ。不肖シンシア・モンテメディナ、決して口は割らないと誓いますわ」


 ピンク色のクラゲに凄まれて、シンシアは首を縦に振る。


 それと時を同じくして、ルィンヴェルはシンシアを優しく地面へと下ろした。


「ルィンヴェル様。助けていただいたこの御恩は一生忘れません」


「むー、シンシアを最初に海賊船から助け出したの、ボクなんだけど」


 それでもなお瞳を輝かせるシンシアに、ボクは堪らず声をかける。


「はは、その通りだね。お礼を言うなら僕じゃなく、ナギサに言ってあげてよ」


「そ、そうでしたわね。ナギサさん、助かりましたわ」


 ルィンヴェルにたしなめられ、シンシアは気恥ずかしそうにボクにお礼を言ってくれた。


「それで相談なのですが……ナギサさん、わたくしのせいで背負ってしまった借金、肩代わりして差し上げてもよろしくてよ」


「え?」


 続いてシンシアはおずおずといった様子でそう口にする。


「ううん。もう半分以上返したし、勉強代だと思って頑張るよ。気持ちだけもらっておくね」


「そ、そうですか……」


 突然の提案に面食らうも、ボクはそんな言葉を返す。一方のシンシアは、なんとも言えない表情をしていた。


 そういえば海賊船の中で、シンシアは学園での爆発事故の責任をボクになすりつけたから、もう友達になる資格はない……みたいなこと言ってたっけ。


 ボクの借金を肩代わりすることで、友達になる免罪符を得よう……なんて、考えたのかもしれない。


「……バカだなぁ。そんなことしなくても、ボクはシンシアのこと、友達だと思ってるからね?」


「そ、そうなのですか?」


 思わずそう伝えると、シンシアは虚を突かれたような顔をした。どうやら図星らしい。


「海賊船の中でも言ったじゃない。友達を助けに来たって。というわけで、これからもよろしくね」


「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」


 ボクはため息まじりに言って、右手を差し出す。シンシアは少し戸惑う様子を見せたあと、しっかりとその手を握ってくれた。


「これからは友達だから、もう無茶な依頼はやめてほしいかなー」


「あら、そんなつもりは最初からありませんでしたが」


「えぇ……あれって意地悪でやってたんじゃなく、素だったの!?」


 とっさにそんな言葉が口をついて出る。


 そんなやり取りを見ていたルィンヴェルとマールさんは、どちらとなく笑っていた。


「もー、二人とも笑わないでよー」


「ごめんごめん。それじゃ、ナギサの魔力も回復してきたようだし、皆のところに帰ろうか」


「……そうだね。シンシア、お手を拝借」


「はい」


 気を取り直すように言って、ボクはシンシアの手を取って海の上を進んでいく。


 そして朝日の中、ボクは新しい友達とともに帰路についたのだった。



  海魔法使いの少女は恋も仕事も手を抜かない 


   第一章・完



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