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第38話『シンシア救出作戦! その③』

 明かりを手に部屋に入ってきた男性は、漆黒の衣装を身にまとい、頭のキャプテンハットには立派な羽飾りまでつけていた。


「……誰?」


「彼はキャプテン・イグロース。この船の船長ですわ」


 思わず尋ねると、本人の代わりにシンシアがそう教えてくれた。


「ネズミごときに名乗る名は持ち合わせていないんだがなぁ。まぁいい」


 彼はボクを一瞥すると、シンシアに向き直る。


「シンシア嬢、どうやらお父上は身代金を払うつもりはないらしい。娘より金を取ったようですな」


 大袈裟にため息をつきながら、目の前の船長は続ける。


 壁に隔てられてその表情はわからないけど、シンシアが息を呑むのがわかった。


「伯爵様がシンシアを見捨てるはずないよ! 何かの間違い……」


「ネズミ如きが喋るんじゃねぇ!」


 目の前の鉄格子に蹴りが入れられ、その音に驚いたボクは押し黙る。


 もしボクが戻らなかった場合、伯爵様は身代金を用意する手筈になっていたはずだ。それが届いていないなんて、どう考えてもおかしい。


「まぁ、どっちも若いし、奴隷商人に高く売れそうだ」


 そのあごひげを弄びながら、船長はいやらしい笑みを浮かべる。直後、ボクの背中に冷たいものが流れた。


「あ、あの、わたくしはどうなっても構いません。ナギサさんだけでも開放していただけませんか」


「おお、その博愛精神……海賊風情にとっては眩しすぎる」


 懇願するシンシアに対し、船長はわざとらしく目元を隠す。そして続けた。


「だが、船に侵入した賊にやすやすと恩赦を与えてはイグロース海賊団の名が廃るのだ。そればかりはご勘弁願いたい」


 口調こそ丁寧だったけど、その言葉の端々に彼の残忍性が垣間見えた気がした。


「失礼します。船長、船の外壁に空いた穴は大方ふさがりました」


「ご苦労。舵の修理は?」


「そちらも夜明けまでには」


「結構結構。夜通し働いた連中に、樽酒を振る舞ってやれ。金はたんまり確保できたからなぁ」


 船長は満足そうに笑って、ボクたちに背を向ける。


 ……予想はしていたけど、彼らは伯爵様からの身代金を受け取ったうえで、シンシアを連れ去るつもりみたいだ。


「明日の朝にはこの海域を離れる。故郷の島も見納めになるだろうから、しっかりと目に焼き付けておくんだな。ハッハッハッハ」


 最後にそう言い残し、船長は部下を連れて部屋から立ち去っていった。


 ……扉が閉められたあと、ボクもシンシアも言葉を失っていた。


 その場に思わず座り込みながらも、ボクは胸に手を当てて何度も深呼吸をし、必死に冷静であろうとする。


「だ、大丈夫だよ。きっと、誰かが助けに来てくれるよ」


「誰かって、誰ですか……?」


 自らの心を保つために発した言葉は、シンシアの消え入りそうな声に簡単に上書きされてしまった。


「それ、は……」


 それ以上、ボクは何も言えなかった。


 気丈であろうとすればするほど頭が真っ白になり、視界が滲んでいく。


「……ナギサ」


 頭の中に色々な感情が渦巻いて、今にも溢れ出しそうになる。


「……ナギサ」


 はは、今のボク、よほど混乱しているのかな。ここにいないはずの人の声まで聞こえてきたよ。


「ナギサ、しっかりするんだ!」


「――え?」


 次の瞬間、混沌の渦に落ちそうになっていたボクの意識は、急激に現実へと引き戻される。


 この声は、幻聴じゃない。


 反射的に立ち上がって、声のするほうを見る。丸窓の向こうに、彼がいた。


「ルィンヴェル!」


「あまりに帰りが遅いから、探しに来たんだよ。ずっと見ていたけど、大変な目に遭ったね」


「どんなに取り繕っても、海賊連中は野蛮でございます」


 心の底から安堵できる彼の声に続き、マールさんの声がした。窓が小さすぎてその姿は確認できないけど、マールさんも駆けつけてくれたみたいだ。


「ナギサ、これを使って。キミならこれだけで、そこから脱出できるはずだよ」


 次の瞬間、ルィンヴェルは丸窓から小瓶を差し入れてくれた。中に、何かが入っている。


「これは?」


「海水だよ」


 続いた彼の言葉を聞いて、ボクはほくそ笑む。


 ――これさえあれば、百人力だよ。


「ナギサさん、先程からどなたとお話をされているのですか?」


 ルィンヴェルとそんなやり取りをしていると、壁の向こうから不思議そうな声が飛んでくる。


「友達が助けに来てくれたんだ。シンシア、海側の壁に張り付いて!」


「は、はいっ」


 ぱたぱたという足音とともにシンシアの気配が移動したのを確認して、ボクはルィンヴェルからもらった小瓶の中身を半分手のひらへと移す。


 それを媒体に海魔法を発動すると、思いっきり水圧を高めた海水を目の前の壁へと叩きつける。


 次の瞬間、木製の壁は轟音とともに打ち砕かれ、人一人が余裕で通れそうな大穴が空いた。


「え? い、今、何をしたんです?」


 シンシアはその穴からこわごわと顔を出す。彼女のドレスはあちこちが破れていたものの、大きな怪我はしていないようだった。


「海魔法だよ! ほら、こっちに来て! 人が来る前に逃げるよ!」


 そして困惑顔のシンシアの手を掴んでこちら側へ引き寄せると、ボクは残りの海水を全て手のひらへ移す。


「ルィンヴェル! 窓をぶち破るから離れててね!」


 言うが早いか、ボクは目の前の丸窓へ、渾身の力で水の塊を叩きつける。


 再び轟音がして、先程と同等かそれ以上の大きさの穴が出現した。


「よし、いこう!」


「う、海に飛び込むんですの? 危なくありません?」


「海魔法使いのボクがいるから大丈夫だよ!」


 怖気づくシンシアの手を掴んだまま、ボクは暗い海へと飛び出した。


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