港にたどり着いてみると、そこは異様なまでの静けさに包まれていた。
真夜中という時間帯もあるのだろうけど、沖合に停泊する海賊船がにらみを利かせている気さえする。
漆黒の海に浮かぶ船のシルエットを一瞥してから、ボクは考える。
運がいいことに今日は新月で、雲も多く星も少ない。見張り台からの視界も悪いはずだ。
この闇夜に便乗して海賊船に近づいて、まずは船の舵を壊す。
それから海賊船の側面に沈没しない程度の穴を空けて、海賊たちがパニックになっている隙に船へ侵入。シンシアを助け出して、逃げる。
作戦としては、こんなものだった。
「……ナギサ」
「うひゃあ!?」
頭をフル回転させているところに声をかけられ、ボクはその場で跳び上がるほどに驚いた。
「な、なんだルィンヴェルかぁ……どうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ。貴族の女の子を助けに行くのかい?」
「そうだけど……どうして知ってるの?」
「一部始終を海中から見てたからね。
わずかな星あかりに照らし出されたその横顔は、曇った表情をしていた。
「しょうがないよ。それより、シンシアを助けるの、手伝ってくれない?」
「僕にできることなら手伝うけど、どうやって助けるつもりだい?」
「それはね……」
誰が聞いているかもわからないので、ボクはルィンヴェルに耳打ちをし、今しがた考えた作戦を伝える。
「……なるほどね。目立たないのなら、それに越したことはないと思うよ。僕とマールも、ナギサたちが逃げる時は手助けできると思う」
ルィンヴェルはそう言って、海中の一点を見つめる。おそらくあそこにマールさんがいるのだろう。
「ありがとう。それじゃ、成功を祈っててね」
「うん。ナギサ、相手は海賊だ。十分気をつけてね」
ルィンヴェルはそう言うと、海の中へと消えていった。
今回は止められなかったあたり、シンシアを助けたいというボクの気持ちを汲んでくれたのだろう。
「よーし……それじゃ、やるよ。お父さん、お母さん、ボクを守って」
目をつぶって小さくそう口にしたあと、ボクは夜の海へと身を投じた。
それから静かに海賊たちの母船へと近づき、その船尾へ張り付く。
「これが海賊船の舵かぁ。大きいなぁ」
海上に見えている部分だけで、自分の背丈をゆうに超える舵を見上げたあと、気合を入れて海魔法を発動。水圧を高めた海水をぶつけて、巨大な舵を真っ二つにへし折る。
続いて船の側面へと移動すると、自分と同じ大きさの水球を生み出す。
「それじゃいくよー。せーのっ!」
それから海面ギリギリの位置を見定めて、水球を叩きつけると……メリメリという音とともに、船体に大穴が空いた。その穴から、少しずつ海水が流れ込んでいく。
「お、おい、今の揺れは何だ!?」
「座礁か? お前ら、呑気に寝てねぇで起きやがれ!」
その直後から、海賊たちが慌てふためく声が聞こえ始めた。ボクは船首へ向かって移動しながら、その声に耳を傾ける。
「な、何だこの大穴は!? クジラでもぶつかったのか!?」
「こんな港の近くにクジラが来るわけねぇだろうが! 早く穴を塞げ!」
「……そろそろかな」
船内がパニックになっているのを確認して、ボクは水柱に乗って甲板へと飛び上がる。
皆が皆、外壁の修理に駆り出されているようで、全く
この隙にシンシアを探さないと……どこにいるのかな。
周囲を警戒しながら忍び足で移動し、船室の入口へと近づいていく。
こういう時、人質は船底の部屋に幽閉されているのがお決まりだ。だって、人の目が常にあるわけだし。
「うー、飛び込むしかないのかなぁ」
「あっ! し、侵入者だ!」
真っ暗な入口を覗き見ながら
「うえっ!?」
思わず見上げると、下っ端らしい海賊がマストを伝って甲板へ降りてくるところだった。
「うわわわわっ!」
その姿を見て、思わず駆け出す。ボクの海魔法は海水に触れていないと使えないし、こんなに早く見つかるなんて予想外だ。
「待てぇー!」
幸いなことに武器は持っていないようだけど、そのぶん足が速い。追いつかれるっ!
そんなことを考えながら懸命に甲板を走っていると、掃除用のモップと水の入ったバケツが目についた。
「これだっ!」
ボクはそのバケツに素早く手を突っ込む。
その中身は予想通り海水で、ボクはそれを媒体に海魔法を発動する。
「な、なんだありゃ?」
わずかな間があって、バケツの中から海水が手の形となって飛び出す。
その水の手はボクの意のままに動き、近くに落ちていたモップを素早く掴む。
「てーいっ!」
「うぎゃあ!?」
そして次の瞬間、驚愕の表情で固まる海賊の頭を思いっきり叩く。彼は叫び声を上げたあと、仰向けにひっくり返った。
「なんだなんだ!」
「どうした!?」
安心したのもつかの間、前方から別の海賊たちが続々と現れる。
……こうなったら、戦うしかない。
覚悟を決めて、バケツに突っ込んだ手に意識を集中した時……後頭部に強い衝撃と痛みが走って、ボクは甲板に倒れ込む。
「まったく、妙な術を使いやがって……」
「侵入者ってのは、このガキのことか?」
「まさか、あの大穴もこいつが?」
「わからんが、キャプテンに報告だ。こいつは牢屋に放り込んでおけ」
頭上からそんな声が聞こえる中、ボクの意識は薄れていった。