目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第34話『いざ、海上パレード! 後編』


 やがて軽快な音楽とともに、海上パレードが始まった。


 先頭のボクが海上を歩き出すと、少し遅れて音楽隊を乗せた大型のゴンドラ二隻がついてくる。


 それに豪華な装飾を施した無数のゴンドラ船団が続き、その最後尾にラルゴたち新人船乗りが操るゴンドラが付き従う。


 パレードのスタート地点が貴族街ということもあり、開始直後はどこか張り詰めたような空気に包まれていた。


 辺りを見渡すと、貴族様たちはお屋敷のテラスや上層階から優雅に見物されている。


 時折上品な拍手が巻き起こるものの、予想していたような賑やかさは皆無だった。


 そのおかげもあってか、ボクはそこまで緊張することなく踊ることができた。


 海魔法を使った水柱や水球も披露し、それを見た貴族様たちが興味深そうに身を乗り出す場面もあった。


 本来ならもう少し派手な魔法を使いたいところだけど、とてもそんな雰囲気じゃないよね……。


「ナギサさーん! 素敵ですわよ!」


「ぶぅっ!?」


 そんなことを考えていると、周囲の静粛を吹き飛ばすような声が聞こえ、ボクは足がもつれそうになる。


 ……忘れてた。貴族街にはシンシアがいたね。


 失笑しながら声のするほうを見ると、彼女は目立つ黄色いドレスを着ていて、小型船に乗ってボクと並走していた。


 そういえば、船一隻をまるまる借りてパレードを見学するプランもあると、ブリッツさんが言っていた気がする。すごく高いらしいけどさ。


「皆々様方! こちらのナギサさんは、平民街で届け屋のお仕事をされていますのよ! どんなものでもすぐに届けてくださいますし、大変便利ですの! ぜひ一度ご利用されることをお勧めしますわ!」


 そんなことを考えていた矢先、シンシアは貴族街に響き渡るような声で届け屋の宣伝をしてくれた。


 うぅ……状況が状況だから何も言い返せないけど、嬉しいような、恥ずかしいような……!


「ナギサさん、わたくしは先に港に行っておりますわ! 頑張ってくださいまし!」


 そんなボクの気持ちなんてつゆ知らず、シンシアはキラキラの笑顔でそう告げると、脇の水路に消えていったのだった。


 ◇


 シンシアの姿を見送ってしばらくすると、巨大な橋が見えてきた。


 この橋は中央運河にかかる数少ない橋の一つで、これより南が平民街であることを意味している。


 静かにその橋の下をくぐり抜けた瞬間、一気に視界が広がった気がした。


「いよいよパレードの船団が見えてきました! 先頭を行くのは、今話題の届け屋の少女! 海魔法使いのナギサさん!」


 司会の女性の声が響き渡った直後、大歓声に迎えられる。


 思わず周囲を見渡すと、運河の両端を埋め尽くすほどの人だかり。先程までとはえらい違いだった。


 ボクは左右の対岸に向けて手を振ったあと、ここぞとばかりに海魔法を披露していく。


 水柱を使って虹を生み出すと、これまでとは桁違いの歓声が巻き起こった。


「……あ」


 踊りを交え、ゆっくりと進みながら観客席に視線を送ると、島民席の最前列におばあちゃんやロイ、イソラの姿が見えた。


 ボクやラルゴの姿が見やすいように、島民の皆が席を用意してくれたのかもしれない。


 島の皆に感謝しながら、ボクは大きく手を振る。おばあちゃんたちは、しっかりと手を振り返してくれた。


 ……よーし、ここは頑張ってる姿を見せないと!


 少し気が大きくなったボクは、時折形を変える水柱に加えて、無数の水球を生み出す。


 それと同時に、両岸の人々からの喝采はますます大きくなるも……次の瞬間、ボクは自分の両足が海中に沈みかけていることに気づく。


「しまった!?」


 慌てて体勢を立て直そうとするも、すでに体のほとんどが海中に沈んでいた。


 どうやら調子に乗りすぎて、魔法を使いすぎてしまったらしい。


 ……ここまで順調に来たってのに、ボクのバカ!


 水中で後悔するも、時すでに遅し。急いで海上に戻って、パレードを再開しないと!


「――ナギサ、あまり張り切りすぎてもいけないよ」


「え?」


 その時、下方からルィンヴェルの声がして、強い水の流れがやってきた。


 そして一瞬の間を置いて、ボクの体は水柱とともに海中から一気に飛び出した。


「うわっ……とっ!」


 ボクはそのタイミングを逃さず、海魔法を再発動。くるくると回転しながら、華麗に海上へと着地する。


 冷や汗ものだったけど、観客たちは全て演出だと思ってくれたらしい。これまた盛大な拍手が飛んだ。


 ……ルィンヴェル、ありがとう。


 ボクは心の中で彼にお礼を言って、演技に戻る。


 彼が見守ってくれているとわかっただけで、なんとも言えない安心感に包まれているような、そんな気がした。


 ◇


 やがて中央運河の南端にある港に到着したところで、海上パレードはフィナーレを迎えた。


「いやぁ、おつかれさん! 大成功だぜ!」


 着替えを終えたボクが無類の達成感に包まれながら港の桟橋に座っていると、ブリッツさんがやってきた。


 特設ステージ上では後援者である伯爵様の挨拶がまだ続いているのだけど、ブリッツさんはすでにお酒が入っているのか、上機嫌だった。


「ここまで盛況なら、来年もナギサちゃんに頼んじまおうかな。祭礼用ゴンドラがあろうがなかろうが、もう関係ねぇ!」


「えぇっ……ブリッツさん、それ本気なの……?」


 隣に座って、バシバシと乱暴にボクの肩を叩くブリッツさんに、思わず困り顔を返す。


「今回はあくまで、非常事態だったから手伝っただけで……」


 半ば聞く耳を持たない彼にそんな説明をしていると……海の向こうに巨大な船影が見えた。


 ……なんだろうあれ。やけに大きい船だなぁ。


「――イグロース海賊団だぁ!」


 誰かがそう叫んだ直後、大砲の音が鳴り響いた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?