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第33話『いざ、海上パレード! 前編』


 先日の出来事から数日後。いよいよ海上パレード本番の日がやってきた。


「それではナギサさん、準備お願いしまーす!」


「は、はいっ……」


 着々と準備が進む中、ボクは女性スタッフの指示を受けて、衣装を手に更衣室となっている舟屋へと向かう。


 ……右手と右足が一緒に出るくらい、緊張しているのが自分でもわかった。


「……あ」


 その舟屋への道すがら、同じくパレードに参加する新人ゴンドラ漕ぎたちの中に、ラルゴの姿を見つける。


 彼も表情は硬かったけど、ボクを見つけると小さく手を振ってくれた。


 本来、新人の漕ぎ手たちはこのパレードのタイミングで衣装を用意し、デビューする。


 ラルゴは少し前に衣装を手に入れていたこともあり、他の皆に比べて衣装が馴染んでいる気がした。


「はー、やっぱり緊張するぅ」


 舟屋の扉を閉めたあと、ボクはため息とともにそんな言葉を吐き出す。


 海上パレードは貴族街のある島の北側を出発し、中央運河を南下していくのが通例となっている。


 スタート地点である島の北側は、その多くが貴族の土地ということで一般庶民は立入禁止だ。


 そのぶん見物客も少ないのだけど……この島は南側に人口が集中しているので、パレードの後半になればなるほど人が多くなる。


 ……つまり、見物客も増えるというわけ。


 家からここまで中央運河を移動してきたけど、朝から場所取りをしている人もかなりいたし、ブリッツさんいわく、観光客向けの有料席はほぼ完売しているとのこと。


 運河沿いのお店の二階席は軒並み埋まっている……なんて噂も耳にしたし、相当な数の見物客が来るのは明白だった。


 人でびっしりと埋まった両岸を想像するだけで、ボクは変な汗をかいてしまっていた。


「……ええい、あれだけ練習したんだし、きっと大丈夫だよ!」


 自分に言い聞かせるようにそう口にしたあと、汗を乱暴に拭いて衣装に着替えてしまう。


 それから改めて姿見の前に立つと、見慣れない自分がそこにいた。


 白と青を基調としたその衣装は海の上を舞い踊る妖精をイメージしているそうで、ボクの青い髪と見事に調和している。


 生地も薄くて風の影響を受けやすく、長い袖や帯は踊る時に映えるような作りになっていた。


「見た目の割に、動きやすいのは動きやすいんだけどねぇ……」


 一人呟いて、その場で両手を広げてくるくると回転してみる。


 その動きに合わせるように、特徴的な袖が優雅に宙へと流れた。


「へぇ、似合ってるじゃないか」


「へぇっ!?」


 その時、突然背後から声をかけられ、ボクは変な声が出た。


 とっさに振り返ると、そこにルィンヴェルが立っていた。


「ル、ルィンヴェル……いつの間に入ったの? ここは更衣室なんだから、せめてノックしてよ」


「ごめんごめん。水路から来たからノックできなくて。着替えは覗いてないから、安心して」


「当たり前だよっ!」


 思わず叫んだ直後、彼の背後にある水面が目に飛び込んできた。


 言われてみればここは舟屋だし、船揚場ふなあげばがあるのは当たり前だった。


「いよいよ本番だね。皆、楽しみにしてたよ」


「うぅ……プレッシャーかけないでよ……」


 そう言ってくれるルィンヴェルに対し、ボクは身を縮こませる。


「……あれ、緊張してる?」


「そりゃあ、ボクだって緊張するよ。普段、大勢の人の前に立ったことなんてないし」


「一緒にたくさん練習したし、きっと大丈夫さ」


 その直後、視線を下げるボクの肩に、ルィンヴェルは手を置く。


 思わず顔を上げると、いつもと変わらぬ優しい微笑みがそこにあった。


 ……その笑顔を見ていると、すごく勇気をもらえる気がした。


「それにほら、この前みたいに大声で歌うわけじゃないし」


「へっ?」


 そんなことを思っていた矢先、彼はどこか悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 一瞬、なんのことかわからなかったけど……すぐに先日の歌を彼に聞かれていたのだと気づき、顔から火が出そうになる。


「まさか……見てたの!?」


「うん。海の中からね」


「はぁぁぁぁ……」


 当時の様子を思い出し、ボクは頭を抱えて声にならない声を上げる。


 今、海水に顔をつけたら、じゅーじゅーと音を立てて沸騰させる自信があった。


「……少しは緊張がほぐれたかな? そろそろ人が来そうだから、僕はこれで失礼するよ。ナギサ、楽しんで」


 最後に軽く肩を叩いてから、ルィンヴェルは海中へと消えていった。


「失礼しまーす。ナギサさん、準備はお済みですかー?」


 わざわざ励ましに来てくれた彼に感謝していると、舟屋の扉がノックされ、先程のスタッフさんが顔を覗かせた。


「……あれ? 今、誰かとお話されていませんでした?」


「き、気のせいですよ! 準備できたので、今行きます!」


 不思議そうな顔をするスタッフさんにそんな言葉を返しつつ、ボクは出口へと向かう。


 ……うん。ルィンヴェルの言う通り、楽しまなくちゃ。



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