その後、ボクたちは夜遅くまで観光プランを考えた。
お昼すぎに港に集合して、ゴンドラでゆっくりと島内の名所を巡り、船上で軽食をとって、頃合いを見てロウソク岩に向かうというものだ。
ゴンドラの漕ぎ手はラルゴが引き受けてくれたし、名所は島民ならではの場所を選んだつもりだ。
食事の手配もイソラがしてくれることになったし、皆で力を合わせれば、なんとかなりそうだった。
「ちょっと待てよ……ナギサ、当日のゴンドラには、何人乗る予定なんだ?」
プランもほぼ固まった頃、ラルゴが思い出したように聞いてきた。
「乗るのはお客さんのシンシアと、案内役のボクだよ。あとは食事の入ったバスケットくらいかな?」
「それくらいなら大丈夫か……」
「え、どうかしたの?」
「最近、練習用のゴンドラが調子悪くてよ。積載量によっては、すぐに安定が悪くなるんだ。海上パレードまでには、本格的に整備しようと思ってたんだが」
「そういうことなら、観光案内の時だけ別のゴンドラを借りられない?」
「そうするかなぁ……オヤジに話しつけに行くの、気が乗らねーんだが」
ボクがそんな提案をすると、ラルゴは渋い顔をした。
ラルゴとブリッツさんの現状を考えたら、気持ちはわからなくもないけど。
「じゃあ、用途を説明する必要もあるし、ボクも一緒に行くよ」
「いや、それはさすがに悪いだろ」
「大丈夫! なんたって、ボクはブリッツさんから海上パレードの先導役を引き受けたっていう『貸し』があるからね!」
ボクは胸を張ってそう言う。一日だけなんだし、きっと貸してくれるよ!
◇
……その翌朝。ボクはラルゴとともに、船頭ギルドのブリッツさんのもとを訪れた。
イソラからのアドバイスで、交渉の必需品というお酒も持参したし。いざ勝負だ。
「駄目だ駄目だ。貸せねぇよ!」
「そ、そこをなんとか! 半日だけでいいんです! この通りです!」
「いくらナギサちゃんの頼みでも駄目だ。祭りの繁忙期の中、余ってるゴンドラなんてねぇよ」
ボクは全力で平伏するも、ブリッツさんは首を横に振るだけだった。
「悪いが練習船でなんとかしてくれ。じゃあな」
最後にそう言って、ブリッツさんは机に向かってしまう。
取り付く島もない。交渉は完全に失敗だった。
「……こうなると思ってたよ」
しみじみと言うラルゴとともに、ボクは肩を落としながらギルドの扉に手をかける。
「はぁ、シンシアになんて言おう」
「……おい、ちょっと待て」
そのまま扉を半分開けた時、背後から慌てたような声が飛んできた。
「え、ブリッツさん、どうしたの?」
「まさかとは思うが、お前らが観光案内をしようとしているのは、シンシア・モンテメディナ様か?」
「そうだけど……ブリッツさん、シンシアを知ってるの?」
「知ってるも何も……貴族様じゃねぇかよ! それを先に言えっ!」
ブリッツさんは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がると、カウンターを乗り越えてボクたちのほうにやってきた。
そういえば船の用途ばかり伝えていて、肝心のお客さんについては全く説明していなかった気がする。
「貴族様が相手となりゃ、話は別だ。乗船予定は何人だ?」
先程までと打って代わり、ブリッツさんは書類を手に、前のめりになって尋ねてくる。
「乗るのはボクとシンシアだよ。あと、荷物はそこまでないと思う……」
「なら、最悪二人乗りでもいいわけか。最高グレードの船でも、少人数用なら都合がつく……」
何かのリストを見ながら、ブリッツさんは顎に手を当てて考え込む。
「……オヤジ、えらく態度が変わったな」
「当たり前だ。貴族様を顧客にできりゃ、一生安泰だからな。それで、漕ぎ手の手配はできてんのか?」
「漕ぎ手はラルゴにお願いしようと思ってるんだけど」
「……は?」
ボクがそう答えると、ブリッツさんは固まった。
「おいおい。こいつはまだ新米ですらない、見習いだぞ。そんな奴に貴族様の相手をさせられるかよ」
続けてそう言い、呆れたような表情でラルゴを見る。
「そ、それでも! ボクはラルゴの腕前を信頼してるよ!」
「そう言われてもなぁ……デビュー前の見習いが貴族相手に船を出すとか、前代未聞だぞ? お前、できんのか?」
ラルゴを
「万が一、貴族様が乗った船を転覆でもさせてみろ。お前は一生船に乗れなくなるぜ」
「も、もし海に落ちそうになったら、ボクが海魔法でフォローするから! シンシアならきっと許してくれるよ!」
「……ナギサちゃん、許す許さねぇの問題じゃねんだ。これは漕ぎ手としての
その時、普段のブリッツさんとは全く違う雰囲気で言われ、ボクは押し黙ってしまう。
「それでラルゴ、できんのか?」
「……やらせてくれるのかよ」
「お前の自信と、度胸次第だな。前代未聞とは言ったが、別にやっちゃいけねぇ決まりはねぇ」
ニカッと笑い、そう言葉を紡ぐ。
俺の息子なら、それくらいやってみせな……むしろ、そう言っている気さえした。
「わかった。オヤジ、俺にやらせてくれ」
「よーし、よく言った。漕ぎ手はラルゴ・フィーゴだ」
ブリッツさんは小さくうなずいて、書類にその名前を書き記していく。
「さすがに普段の格好で貴族様の前に出すわけにはいかねぇし、漕ぎ手の衣装を新調してやろう。勇気を出した、お前への
「デビューより前に衣装をもらうとか、それも前代未聞じゃねぇか?」
「はは、違いねぇ」
そう言って、ラルゴとブリッツさんは同時に笑う。
その笑顔は、すぐに親子とわかるくらい、そっくりだった。