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第30話『ナギサの観光案内 前編』


 その後、ボクたちは夜遅くまで観光プランを考えた。


 お昼すぎに港に集合して、ゴンドラでゆっくりと島内の名所を巡り、船上で軽食をとって、頃合いを見てロウソク岩に向かうというものだ。


 ゴンドラの漕ぎ手はラルゴが引き受けてくれたし、名所は島民ならではの場所を選んだつもりだ。


 食事の手配もイソラがしてくれることになったし、皆で力を合わせれば、なんとかなりそうだった。


「ちょっと待てよ……ナギサ、当日のゴンドラには、何人乗る予定なんだ?」


 プランもほぼ固まった頃、ラルゴが思い出したように聞いてきた。


「乗るのはお客さんのシンシアと、案内役のボクだよ。あとは食事の入ったバスケットくらいかな?」


「それくらいなら大丈夫か……」


「え、どうかしたの?」


「最近、練習用のゴンドラが調子悪くてよ。積載量によっては、すぐに安定が悪くなるんだ。海上パレードまでには、本格的に整備しようと思ってたんだが」


「そういうことなら、観光案内の時だけ別のゴンドラを借りられない?」


「そうするかなぁ……オヤジに話しつけに行くの、気が乗らねーんだが」


 ボクがそんな提案をすると、ラルゴは渋い顔をした。


 ラルゴとブリッツさんの現状を考えたら、気持ちはわからなくもないけど。


「じゃあ、用途を説明する必要もあるし、ボクも一緒に行くよ」


「いや、それはさすがに悪いだろ」


「大丈夫! なんたって、ボクはブリッツさんから海上パレードの先導役を引き受けたっていう『貸し』があるからね!」


 ボクは胸を張ってそう言う。一日だけなんだし、きっと貸してくれるよ!


 ◇


 ……その翌朝。ボクはラルゴとともに、船頭ギルドのブリッツさんのもとを訪れた。


 イソラからのアドバイスで、交渉の必需品というお酒も持参したし。いざ勝負だ。


「駄目だ駄目だ。貸せねぇよ!」


「そ、そこをなんとか! 半日だけでいいんです! この通りです!」


「いくらナギサちゃんの頼みでも駄目だ。祭りの繁忙期の中、余ってるゴンドラなんてねぇよ」


 ボクは全力で平伏するも、ブリッツさんは首を横に振るだけだった。


「悪いが練習船でなんとかしてくれ。じゃあな」


 最後にそう言って、ブリッツさんは机に向かってしまう。


 取り付く島もない。交渉は完全に失敗だった。


「……こうなると思ってたよ」


 しみじみと言うラルゴとともに、ボクは肩を落としながらギルドの扉に手をかける。


「はぁ、シンシアになんて言おう」


「……おい、ちょっと待て」


 そのまま扉を半分開けた時、背後から慌てたような声が飛んできた。


「え、ブリッツさん、どうしたの?」


「まさかとは思うが、お前らが観光案内をしようとしているのは、シンシア・モンテメディナ様か?」


「そうだけど……ブリッツさん、シンシアを知ってるの?」


「知ってるも何も……貴族様じゃねぇかよ! それを先に言えっ!」


 ブリッツさんは椅子を倒しそうな勢いで立ち上がると、カウンターを乗り越えてボクたちのほうにやってきた。


 そういえば船の用途ばかり伝えていて、肝心のお客さんについては全く説明していなかった気がする。


「貴族様が相手となりゃ、話は別だ。乗船予定は何人だ?」


 先程までと打って代わり、ブリッツさんは書類を手に、前のめりになって尋ねてくる。


「乗るのはボクとシンシアだよ。あと、荷物はそこまでないと思う……」


「なら、最悪二人乗りでもいいわけか。最高グレードの船でも、少人数用なら都合がつく……」


 何かのリストを見ながら、ブリッツさんは顎に手を当てて考え込む。


「……オヤジ、えらく態度が変わったな」


「当たり前だ。貴族様を顧客にできりゃ、一生安泰だからな。それで、漕ぎ手の手配はできてんのか?」


「漕ぎ手はラルゴにお願いしようと思ってるんだけど」


「……は?」


 ボクがそう答えると、ブリッツさんは固まった。


「おいおい。こいつはまだ新米ですらない、見習いだぞ。そんな奴に貴族様の相手をさせられるかよ」


 続けてそう言い、呆れたような表情でラルゴを見る。


「そ、それでも! ボクはラルゴの腕前を信頼してるよ!」


「そう言われてもなぁ……デビュー前の見習いが貴族相手に船を出すとか、前代未聞だぞ? お前、できんのか?」


 ラルゴを擁護ようごするボクを一瞥したあと、ブリッツさんは真剣な表情で息子を見た。


「万が一、貴族様が乗った船を転覆でもさせてみろ。お前は一生船に乗れなくなるぜ」


「も、もし海に落ちそうになったら、ボクが海魔法でフォローするから! シンシアならきっと許してくれるよ!」


「……ナギサちゃん、許す許さねぇの問題じゃねんだ。これは漕ぎ手としての矜持きょうじみたいなもんでな」


 その時、普段のブリッツさんとは全く違う雰囲気で言われ、ボクは押し黙ってしまう。


「それでラルゴ、できんのか?」


「……やらせてくれるのかよ」


「お前の自信と、度胸次第だな。前代未聞とは言ったが、別にやっちゃいけねぇ決まりはねぇ」


 ニカッと笑い、そう言葉を紡ぐ。


 俺の息子なら、それくらいやってみせな……むしろ、そう言っている気さえした。


「わかった。オヤジ、俺にやらせてくれ」


「よーし、よく言った。漕ぎ手はラルゴ・フィーゴだ」


 ブリッツさんは小さくうなずいて、書類にその名前を書き記していく。


「さすがに普段の格好で貴族様の前に出すわけにはいかねぇし、漕ぎ手の衣装を新調してやろう。勇気を出した、お前への餞別せんべつだ」


「デビューより前に衣装をもらうとか、それも前代未聞じゃねぇか?」


「はは、違いねぇ」


 そう言って、ラルゴとブリッツさんは同時に笑う。


 その笑顔は、すぐに親子とわかるくらい、そっくりだった。


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