無事に島に戻ってからも、ボクは定期的にルィンヴェルと海魔法の練習をした。
そのおかげもあって、複数の魔法を同時に使える時間は少しずつ、確実に増えていった。
「うーん、明日からは水球の数を増やしてみようかな……」
ボクはその日も、配達の仕事をしながら海魔法の鍛錬をしていた。
それは水路を移動する間、自分と並走する水球を生み出すという簡単なものだったけど、海面の移動と水球の操作を同時に行う良いトレーニングになっていた。
「待てよ。やりすぎて仕事に支障が出てもいけないし、数を増やすのは午前中だけにするべきか……」
「あら、ナギサさん!」
「ふえっ!?」
そんなことを考えながら貴族街の水路を疾走していると、シンシアから声をかけられた。
「シンシア、どうしたのー?」
その場で立ち止まって、路地にいるシンシアに返事をする。彼女が外を歩いているなんて珍しい。
「ちょうど良かったですわ。近いうちに舟屋へお伺いしようと思っていたのです! 依頼がありますの!」
「さよなら!」
「ちょっと! 逃げるおつもりですか!」
思わず体を反転させたところで、シンシアが叫ぶ。ボクも逃げるふりだけで、実際に逃げたりはしなかった。
「冗談だよー。それで、依頼って何?」
直後に水柱を生み出して路地に上がると、シンシアに問いかける。
今日の彼女は水色のドレスと、同色の日傘をさしていた。相変わらずオシャレだなぁ。
「実はですね。今度、島内観光をしたいのです。その旅程を考えていただきたくて」
「……ねぇシンシア。ボク、届け屋なんだけど。そういうのは旅行店に言ってくれる?」
「旅行店が出してくるプランは、どれも独自性のない二番煎じでして。その点、島民であるナギサさんなら、島の隠れスポットのようなものをご存知ではないかと思いまして」
「か、隠れスポット? そんなの知らないよ!」
「そんなことおっしゃらずに。実はあるのでしょう?」
ずいいっ、と距離を詰めながら、シンシアはその大きな瞳を輝かせる。
薄々感じてはいたけど、先日のフォカッチャ作り以後、明らかに距離が近くなっている気がする。その、色々な意味で。
「あー、うー、ないと思うけど……」
そのあまりに期待に満ちた眼差しに、ボクはたじろぐ。
「夕日が美しく見える場所とか、どんな場所でも良いのです」
「……さ、探してみます。はい」
その勢いに負け、ボクは頷くしかなかった。
「ありがとうございます! それでは一週間以内に準備をお願いしますね!」
「え、一週間!?」
予想外の期間の短さに驚愕したところで、絶妙なタイミングで馬車が現れる。
「ナギサさんの考える観光プラン、楽しみにしていますからね」
そう言うが早いか、シンシアは馬車に乗り込み、いずこへと走り去っていった。
◇
そんなことがあった日の夕方。ボクは幼馴染たちやルィンヴェルに舟屋に集まってもらい、緊急会議を開いていた。
「……というわけで、シンシアが島の観光をしたいって言ってきたんだ」
「近頃、ナギサの口から、よくそのお嬢様の話聞くよね」
どこか呆れ気味にロイは言う。言われてみれば、最近はシンシアとの関わりが多い気がする。
「そうなんだよ。妙に縁があるっていうかさ。それにあの子、けっこう強引だし、話聞かないし」
「ナギサ様、心中お察ししますぞ……」
思わず不満を口にしていると、何か思うことがあるのか、マールさんが同意してくれた。
「それでも相手は貴族様だし、断るのも無理よね……」
続いて、イソラが口元に手を当てて考え込む。
皆の反応を見るまですっかり忘れてたけど、シンシアは貴族様だった。
あまりに庶民的なプランとか考えたら、怒られちゃうかな。
「それで、その貴族様が島を観光したいって言ってんのか」
「そうなんだよね……ラルゴ、この島の隠れた絶景スポットとか知らない?」
「なんだそりゃ?」
「ボクにもよくわかんないんだよ。たぶん、きれいな海や空が見たいんだと思うけど」
「そんなもん、島のどこからでも見えるだろ」
ラルゴは失笑しながらそう口にする。
彼の言う通り、この島の景色はボクたちが物心ついた時からそこにある。感動も何もあったものじゃない。
「そうだ。ルィンヴェル、このあたりで特に美しいって思った場所は?」
「え、どうして僕に聞くんだい?」
その時、ロイが思いついたようにルィンヴェルに問いかけた。
「だって、ルィンヴェルは島民じゃないし。僕たちとは違う感性を持ってそうだからさ」
「そうだね……島の夕日が特に印象に残ってるかな」
「夕日かぁ」
自然とボクたち幼馴染の声が重なる。
「でも、夕日は島のどこからでも見えるよ?」
「ただの夕日じゃないんだ。そうだね……地上の人々が使っている、ロウソクみたいな夕日だよ」
「ロウソク?」
再びボクたちの声が重なる。
どういうことだろう。細長いのかな。
「ほら、島の北西の海に細長い岩があるだろう?」
「言われてみれば……あったような……?」
皆が首をかしげる中、ボクだけが反応する。
これまで何度か海上の船に荷物を運んだりしたのだけど、その時にルィンヴェルが言うような形の岩を見た覚えがあるのだ。
それこそ特に気にせず、灯台みたいだ岩だなぁ……よく倒れないなぁ……くらいにしか考えなかったんだけど。
「その岩の頂上に夕日が重なる時間帯があるんだ。その様子はまるで、火が灯ったロウソクのようだったよ」
「そんな場所があるんだね……滅多に見れるものじゃなさそうだし、それこそ『絶景スポット』かな?」
「そうかもしれないわね。話を聞いたら、私も見てみたくなったし」
ボクの言葉に、イソラが声を弾ませる。
「そういうことなら、その『ロウソク岩』を目玉にして、観光プランを立てよう!」
もう届け屋の仕事とか関係なくなっちゃってるけど、楽しくなってきたからいいや!