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第29話『シンシアからの依頼 その③』

 無事に島に戻ってからも、ボクは定期的にルィンヴェルと海魔法の練習をした。


 そのおかげもあって、複数の魔法を同時に使える時間は少しずつ、確実に増えていった。


「うーん、明日からは水球の数を増やしてみようかな……」


 ボクはその日も、配達の仕事をしながら海魔法の鍛錬をしていた。


 それは水路を移動する間、自分と並走する水球を生み出すという簡単なものだったけど、海面の移動と水球の操作を同時に行う良いトレーニングになっていた。


「待てよ。やりすぎて仕事に支障が出てもいけないし、数を増やすのは午前中だけにするべきか……」


「あら、ナギサさん!」


「ふえっ!?」


 そんなことを考えながら貴族街の水路を疾走していると、シンシアから声をかけられた。


「シンシア、どうしたのー?」


 その場で立ち止まって、路地にいるシンシアに返事をする。彼女が外を歩いているなんて珍しい。


「ちょうど良かったですわ。近いうちに舟屋へお伺いしようと思っていたのです! 依頼がありますの!」


「さよなら!」


「ちょっと! 逃げるおつもりですか!」


 思わず体を反転させたところで、シンシアが叫ぶ。ボクも逃げるふりだけで、実際に逃げたりはしなかった。


「冗談だよー。それで、依頼って何?」


 直後に水柱を生み出して路地に上がると、シンシアに問いかける。


 今日の彼女は水色のドレスと、同色の日傘をさしていた。相変わらずオシャレだなぁ。


「実はですね。今度、島内観光をしたいのです。その旅程を考えていただきたくて」


「……ねぇシンシア。ボク、届け屋なんだけど。そういうのは旅行店に言ってくれる?」


「旅行店が出してくるプランは、どれも独自性のない二番煎じでして。その点、島民であるナギサさんなら、島の隠れスポットのようなものをご存知ではないかと思いまして」


「か、隠れスポット? そんなの知らないよ!」


「そんなことおっしゃらずに。実はあるのでしょう?」


 ずいいっ、と距離を詰めながら、シンシアはその大きな瞳を輝かせる。


 薄々感じてはいたけど、先日のフォカッチャ作り以後、明らかに距離が近くなっている気がする。その、色々な意味で。


「あー、うー、ないと思うけど……」


 そのあまりに期待に満ちた眼差しに、ボクはたじろぐ。


「夕日が美しく見える場所とか、どんな場所でも良いのです」


「……さ、探してみます。はい」


 その勢いに負け、ボクは頷くしかなかった。


「ありがとうございます! それでは一週間以内に準備をお願いしますね!」


「え、一週間!?」


 予想外の期間の短さに驚愕したところで、絶妙なタイミングで馬車が現れる。


「ナギサさんの考える観光プラン、楽しみにしていますからね」


 そう言うが早いか、シンシアは馬車に乗り込み、いずこへと走り去っていった。


 ◇


 そんなことがあった日の夕方。ボクは幼馴染たちやルィンヴェルに舟屋に集まってもらい、緊急会議を開いていた。


「……というわけで、シンシアが島の観光をしたいって言ってきたんだ」


「近頃、ナギサの口から、よくそのお嬢様の話聞くよね」


 どこか呆れ気味にロイは言う。言われてみれば、最近はシンシアとの関わりが多い気がする。


「そうなんだよ。妙に縁があるっていうかさ。それにあの子、けっこう強引だし、話聞かないし」


「ナギサ様、心中お察ししますぞ……」


 思わず不満を口にしていると、何か思うことがあるのか、マールさんが同意してくれた。


「それでも相手は貴族様だし、断るのも無理よね……」


 続いて、イソラが口元に手を当てて考え込む。


 皆の反応を見るまですっかり忘れてたけど、シンシアは貴族様だった。


 あまりに庶民的なプランとか考えたら、怒られちゃうかな。


「それで、その貴族様が島を観光したいって言ってんのか」


「そうなんだよね……ラルゴ、この島の隠れた絶景スポットとか知らない?」


「なんだそりゃ?」


「ボクにもよくわかんないんだよ。たぶん、きれいな海や空が見たいんだと思うけど」


「そんなもん、島のどこからでも見えるだろ」


 ラルゴは失笑しながらそう口にする。


 彼の言う通り、この島の景色はボクたちが物心ついた時からそこにある。感動も何もあったものじゃない。


「そうだ。ルィンヴェル、このあたりで特に美しいって思った場所は?」


「え、どうして僕に聞くんだい?」


 その時、ロイが思いついたようにルィンヴェルに問いかけた。


「だって、ルィンヴェルは島民じゃないし。僕たちとは違う感性を持ってそうだからさ」


「そうだね……島の夕日が特に印象に残ってるかな」


「夕日かぁ」


 自然とボクたち幼馴染の声が重なる。


「でも、夕日は島のどこからでも見えるよ?」


「ただの夕日じゃないんだ。そうだね……地上の人々が使っている、ロウソクみたいな夕日だよ」


「ロウソク?」


 再びボクたちの声が重なる。


 どういうことだろう。細長いのかな。


「ほら、島の北西の海に細長い岩があるだろう?」


「言われてみれば……あったような……?」


 皆が首をかしげる中、ボクだけが反応する。


 これまで何度か海上の船に荷物を運んだりしたのだけど、その時にルィンヴェルが言うような形の岩を見た覚えがあるのだ。


 それこそ特に気にせず、灯台みたいだ岩だなぁ……よく倒れないなぁ……くらいにしか考えなかったんだけど。


「その岩の頂上に夕日が重なる時間帯があるんだ。その様子はまるで、火が灯ったロウソクのようだったよ」


「そんな場所があるんだね……滅多に見れるものじゃなさそうだし、それこそ『絶景スポット』かな?」


「そうかもしれないわね。話を聞いたら、私も見てみたくなったし」


 ボクの言葉に、イソラが声を弾ませる。


「そういうことなら、その『ロウソク岩』を目玉にして、観光プランを立てよう!」


 もう届け屋の仕事とか関係なくなっちゃってるけど、楽しくなってきたからいいや!


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