突然靴を脱がされたボクは、岩の上で身をすくめていた。
そんなボクを見下ろすルィンヴェルも、困ったような表情で固まっている。
「殿下! これもナギサ様のためなのですよ!」
そんな中、マールさんが一人だけ気を吐いていた。
「マッサージが必要なのはわかっているけど……僕に足を触られるとか、ナギサだって嫌だろう?」
明らかに気圧されたルィンヴェルが、心の底から申し訳なさそうに尋ねてくる。
「えっと、マッサージ、なんだよね……? それだったら、別にいいかなぁ」
少し考えたあと、ボクはそう口にして、恐る恐る両足を差し出す。
あのマールさんがあれだけ猛プッシュするのだし、ここで断ったらどんな目に遭うかわからない。
マッサージなんてしてもらったことないけど、島のお年寄りは気持ちいいって言っていたし。きっと大丈夫だよね。
「ごめんね。それじゃ、失礼するよ……」
一言謝ってから、ルィンヴェルはボクの右ふくらはぎ辺りにそっと触れる。
その手が冷たく感じて、ボクは初めて自分の足が火照っていたのだと気づいた。
「うわ、予想はしてたけど、ガチガチだよ」
「そりゃあ、足全体を酷使してるし。硬くなってる自覚はあるよ……うぅ」
ルィンヴェルはその大きな手で、足全体を優しく揉んでくれる。
その度に、なんとも言えない気持ちよさが伝わってきた。
「おおっ、魔力の流れが改善されています。殿下、その調子です」
ルィンヴェルさんの背後で、マールさんが何か言っていた。
よくわからないけど、彼には魔力の流れがわかるのかな。
「もっと足全体を揉んで差し上げてはどうでしょうか」
「……こうかい?」
「ふぁっ……ふ、太ももはやめてほしいかも」
「あ、ごめん……」
つい強めの口調で言ってしまい、ルィンヴェルが気落ちしていた。
だって、太ももを撫でられるとその、変な気分になっちゃうしさ。
きつく言ったからか、その後のルィンヴェルはふくらはぎと足首を中心にマッサージしてくれた。すごく気持ちがいい。
「うー、そこそこ。もうちょっと右」
「ここかい」
「あー、そうそう、くぅー」
自然と変な声が出てしまう。理由はわからないけど、それだけ疲れが溜まっているってことなんだろう。
心なしか、全身が温かくなってきた気がするし。
「……あ、ごめん。ここからは痛いかも」
「へっ?」
すっかり夢見心地になっていたところに、ルィンヴェルのそんな言葉が飛んできた。
痛いってどういうこと?
「できるだけ優しくするから」
そう言うと、ルィンヴェルはボクの足の裏を、指で思いっきり押した。
「ぎゃーーー!」
その直後、右足の裏にこれまで感じたことのない激痛が走る。
なにこれ。痛い痛い痛いーー!
それまでの心地よさはどこへやら。あまりの痛みに、ボクは岩の上をのたうち回る。
けれど、ルィンヴェルはしっかりボクの足を掴んでいて、逃がしてくれない。
「痛いーーー!」
「ナギサ様、少しの辛抱でございます。これは王家に伝わる秘術でして。足つぼマッサージと……」
「タコツボがどうしたのーー!? ぎゃーーーー!」
その間、なにやらマールさんが熱心に説明してくれていたけど、ボクの耳には全く届かなかった。
「……ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」
ようやく激痛が収まる頃には、ボクは満身創痍になっていた。
それくらい、叫びまくっていた気がする。
この時のボクの声、たぶん島の向こう側まで届いたんじゃないかな。
「……ナギサ、大丈夫?」
「天国と地獄だった」
優しげに声をかけてくれるルィンヴェルに、ボクはなんとか笑顔を返す。
「安心しているところ悪いけど、次は左足だから」
「いやーーーー!」
次の瞬間、ボクは再び激痛に悶えることになってしまった。
……マッサージは気持ちいいけど、痛い。ボク、勉強になったよ……。
◇
やがてボクが目を開けると、そこには満天の星が広がっていた。
「あれ……?」
「ナギサ、起きたかい?」
視線だけ動かすと、月明かりに照らされたルィンヴェルがボクを見下ろしていた。
なんだか後頭部が柔らかい気がするし、もしかして膝枕してくれてるのかな。
「あー、うー、えっと、ごめん……」
ぼーっとする頭を必死に覚醒させ、ボクは体を起こす。
「僕のほうこそ、ごめんね。まさか気絶してしまうなんて思わなかったよ」
「ううん。なんだか足だけじゃなく、全身が軽い気がするし。マッサージしてくれてありがとう」
そのまま立ち上がって、その場で飛び跳ねてみる。明らかに動きやすかった。
「はは、そう言ってもらえると嬉しいよ。とりあえず、これで魔力の『
「そうなんだね。じゃあ、さっそく試して……ひっ」
そう口にしながらぐるりと周囲を見渡した時……ボクは自分の置かれた状況に気づく。
……辺りには真っ黒い海が広がっていた。
「う、うわわ」
……夜の海だ。どうしよう。怖い。
「ちょっとナギサ、大丈夫かい?」
思わず後退りしたところで、ルィンヴェルに肩を支えられた。
「ご、ごめん。ボク、相変わらず夜の海は苦手でさ」
「そうなんだね……やっぱり、以前の怪我をしてから?」
「そ、それもあるけど……ボクの両親は夜の海で亡くなったんだ。その時のことを思い出しちゃって」
小さい頃、両親が消えた荒れ狂う夜の海の光景がフラッシュバックする。
いい知れぬ恐怖が襲いかかってきた時、ボクの手に触れるものがあった。
「……それなら、島に着くまで僕が手を繋いでいてあげるよ。それでも不安かい?」
「え?」
ルィンヴェルはそう言うと、ボクの手を優しく包みこんでくれた。
「殿下、いくら夜とはいえ、さすがに目立ちます。人に見られてしまいますよ」
「この時期だし、祭りの催し物だと思ってくれるんじゃないかな」
「そ、そんな短絡的な……!」
マールさんが言い終わる前に、ルィンヴェルはボクの手を引いて海へと誘う。
慌てて海魔法を発動させて波の上に立つと、ルィンヴェルも同じように海面に立っていた。
「ルィンヴェル、海の上に立てたんだ」
「僕だって海魔法の使い手だからね。普段は姿を見られないように海中を進んでいるけど、ナギサをエスコートするには海の上じゃないと」
そう言うが早いか、ルィンヴェルは海面を滑るように移動していく。
そこまで速くなく、ゆっくりと柔らかな動き。優しい彼の性格を表しているかのようだった。
「ええい、こうなったらワタクシも協力いたしますぞ! てやっ!」
その時、ボクたちの前に出たマールさんが、まばゆいばかりの光をまとった。
「うわっ、眩しい……! マールさん、その光も海魔法なの?」
「いえ、これは我らクラゲ族に伝わるクラゲ魔法でございます!」
「さっきのマールの言葉を借りるわけじゃないけど、ずいぶんと目立つね」
「光るピンク色のクラゲなど、それこそ大道芸としか思われないでしょう。さ、参りますよ!」
その触手を振り回しながら言って、マールさんは先導するように動き出す。
ボクたちは顔を見合わせたあと、その光に導かれるように島に向かって進みだしたのだった。