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第28話『ルィンヴェルの海魔法講座? 後編』


 突然靴を脱がされたボクは、岩の上で身をすくめていた。


 そんなボクを見下ろすルィンヴェルも、困ったような表情で固まっている。


「殿下! これもナギサ様のためなのですよ!」


 そんな中、マールさんが一人だけ気を吐いていた。


「マッサージが必要なのはわかっているけど……僕に足を触られるとか、ナギサだって嫌だろう?」


 明らかに気圧されたルィンヴェルが、心の底から申し訳なさそうに尋ねてくる。


「えっと、マッサージ、なんだよね……? それだったら、別にいいかなぁ」


 少し考えたあと、ボクはそう口にして、恐る恐る両足を差し出す。


 あのマールさんがあれだけ猛プッシュするのだし、ここで断ったらどんな目に遭うかわからない。


 マッサージなんてしてもらったことないけど、島のお年寄りは気持ちいいって言っていたし。きっと大丈夫だよね。


「ごめんね。それじゃ、失礼するよ……」


 一言謝ってから、ルィンヴェルはボクの右ふくらはぎ辺りにそっと触れる。


 その手が冷たく感じて、ボクは初めて自分の足が火照っていたのだと気づいた。


「うわ、予想はしてたけど、ガチガチだよ」


「そりゃあ、足全体を酷使してるし。硬くなってる自覚はあるよ……うぅ」


 ルィンヴェルはその大きな手で、足全体を優しく揉んでくれる。


 その度に、なんとも言えない気持ちよさが伝わってきた。


「おおっ、魔力の流れが改善されています。殿下、その調子です」


 ルィンヴェルさんの背後で、マールさんが何か言っていた。


 よくわからないけど、彼には魔力の流れがわかるのかな。


「もっと足全体を揉んで差し上げてはどうでしょうか」


「……こうかい?」


「ふぁっ……ふ、太ももはやめてほしいかも」


「あ、ごめん……」


 つい強めの口調で言ってしまい、ルィンヴェルが気落ちしていた。


 だって、太ももを撫でられるとその、変な気分になっちゃうしさ。




 きつく言ったからか、その後のルィンヴェルはふくらはぎと足首を中心にマッサージしてくれた。すごく気持ちがいい。


「うー、そこそこ。もうちょっと右」


「ここかい」


「あー、そうそう、くぅー」


 自然と変な声が出てしまう。理由はわからないけど、それだけ疲れが溜まっているってことなんだろう。


 心なしか、全身が温かくなってきた気がするし。


「……あ、ごめん。ここからは痛いかも」


「へっ?」


 すっかり夢見心地になっていたところに、ルィンヴェルのそんな言葉が飛んできた。


 痛いってどういうこと?


「できるだけ優しくするから」


 そう言うと、ルィンヴェルはボクの足の裏を、指で思いっきり押した。


「ぎゃーーー!」


 その直後、右足の裏にこれまで感じたことのない激痛が走る。


 なにこれ。痛い痛い痛いーー!


 それまでの心地よさはどこへやら。あまりの痛みに、ボクは岩の上をのたうち回る。


 けれど、ルィンヴェルはしっかりボクの足を掴んでいて、逃がしてくれない。


「痛いーーー!」


「ナギサ様、少しの辛抱でございます。これは王家に伝わる秘術でして。足つぼマッサージと……」


「タコツボがどうしたのーー!? ぎゃーーーー!」


 その間、なにやらマールさんが熱心に説明してくれていたけど、ボクの耳には全く届かなかった。


「……ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」


 ようやく激痛が収まる頃には、ボクは満身創痍になっていた。


 それくらい、叫びまくっていた気がする。


 この時のボクの声、たぶん島の向こう側まで届いたんじゃないかな。


「……ナギサ、大丈夫?」


「天国と地獄だった」


 優しげに声をかけてくれるルィンヴェルに、ボクはなんとか笑顔を返す。


「安心しているところ悪いけど、次は左足だから」


「いやーーーー!」


 次の瞬間、ボクは再び激痛に悶えることになってしまった。


 ……マッサージは気持ちいいけど、痛い。ボク、勉強になったよ……。


 ◇


 やがてボクが目を開けると、そこには満天の星が広がっていた。


「あれ……?」


「ナギサ、起きたかい?」


 視線だけ動かすと、月明かりに照らされたルィンヴェルがボクを見下ろしていた。


 なんだか後頭部が柔らかい気がするし、もしかして膝枕してくれてるのかな。


「あー、うー、えっと、ごめん……」


 ぼーっとする頭を必死に覚醒させ、ボクは体を起こす。


「僕のほうこそ、ごめんね。まさか気絶してしまうなんて思わなかったよ」


「ううん。なんだか足だけじゃなく、全身が軽い気がするし。マッサージしてくれてありがとう」


 そのまま立ち上がって、その場で飛び跳ねてみる。明らかに動きやすかった。


「はは、そう言ってもらえると嬉しいよ。とりあえず、これで魔力の『かたより』はなくなったはずだけど」


「そうなんだね。じゃあ、さっそく試して……ひっ」


 そう口にしながらぐるりと周囲を見渡した時……ボクは自分の置かれた状況に気づく。


 ……辺りには真っ黒い海が広がっていた。


「う、うわわ」


 ……夜の海だ。どうしよう。怖い。


「ちょっとナギサ、大丈夫かい?」


 思わず後退りしたところで、ルィンヴェルに肩を支えられた。


「ご、ごめん。ボク、相変わらず夜の海は苦手でさ」


「そうなんだね……やっぱり、以前の怪我をしてから?」


「そ、それもあるけど……ボクの両親は夜の海で亡くなったんだ。その時のことを思い出しちゃって」


 小さい頃、両親が消えた荒れ狂う夜の海の光景がフラッシュバックする。


 いい知れぬ恐怖が襲いかかってきた時、ボクの手に触れるものがあった。


「……それなら、島に着くまで僕が手を繋いでいてあげるよ。それでも不安かい?」


「え?」


 ルィンヴェルはそう言うと、ボクの手を優しく包みこんでくれた。


「殿下、いくら夜とはいえ、さすがに目立ちます。人に見られてしまいますよ」


「この時期だし、祭りの催し物だと思ってくれるんじゃないかな」


「そ、そんな短絡的な……!」


 マールさんが言い終わる前に、ルィンヴェルはボクの手を引いて海へと誘う。


 慌てて海魔法を発動させて波の上に立つと、ルィンヴェルも同じように海面に立っていた。


「ルィンヴェル、海の上に立てたんだ」


「僕だって海魔法の使い手だからね。普段は姿を見られないように海中を進んでいるけど、ナギサをエスコートするには海の上じゃないと」


 そう言うが早いか、ルィンヴェルは海面を滑るように移動していく。


 そこまで速くなく、ゆっくりと柔らかな動き。優しい彼の性格を表しているかのようだった。


「ええい、こうなったらワタクシも協力いたしますぞ! てやっ!」


 その時、ボクたちの前に出たマールさんが、まばゆいばかりの光をまとった。


「うわっ、眩しい……! マールさん、その光も海魔法なの?」


「いえ、これは我らクラゲ族に伝わるクラゲ魔法でございます!」


「さっきのマールの言葉を借りるわけじゃないけど、ずいぶんと目立つね」


「光るピンク色のクラゲなど、それこそ大道芸としか思われないでしょう。さ、参りますよ!」


 その触手を振り回しながら言って、マールさんは先導するように動き出す。


 ボクたちは顔を見合わせたあと、その光に導かれるように島に向かって進みだしたのだった。


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