それから数日後。いよいよカナーレ祭りが始まった。
静かなカナーレ島に、島民の数倍の観光客が押し寄せる一大イベントだ。
普段とは比べ物にならないキャパシティーに対応するため、島中のゴンドラ乗りというゴンドラ乗りが駆り出され、船頭ギルドは連日てんやわんや。
見習いで船に乗れないラルゴも、ギルド内の雑用で忙殺されているらしい。
実家が商店を営んでいるイソラは、バザー会場で小さなお店を任されたと嬉しそうに話していたし、ロイは母親のステラさんに家業の宿泊業を手伝わされているようだった。
そんな中、ボクは特にやることもなく……舟屋の
それこそ、お祭りが始まるまでは嵐のような忙しさだったんだけど……いざ始まってしまうと、届け屋としての仕事は激減しちゃったんだ。
思い切って遊びに出てもいいのだけど、幼馴染たちがそれぞれ頑張っているというのに自分だけ……なんて考えると、なんとなく出かける気になれなかった。
「せっかくだし、読みかけの本でも読もうかなぁ……」
「やあ、ナギサ」
そんなことを考えながら立ち上がった時、水路の中から音もなくルィンヴェルが現れた。
「ああ、ルィンヴェル……おはよう」
「おはよう……なんだか元気ないけど、どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。それより、よく来れたね」
ボクは取り繕うように言って、船揚場から身を乗り出して水路を見る。
次の瞬間には、たくさんの観光客を乗せた二隻のゴンドラが狭い水路を抜けていった。
「あはは、予想はしていたけど、人が多すぎだね。マールと二人、見つからないかヒヤヒヤしたよ」
音もなく通り過ぎていくゴンドラを横目に見ながら、ルィンヴェルは笑う。
マールさんの姿が見えないけど、彼のことだし、また水中から見守ってくれているのだろう。
「ところで、今日は仕事が少ないのかい? ずいぶん退屈そうにしていたけど」
「そうなんだよね……少し前までは、祭りで使う食材や機材の運搬の仕事がたっくさん入ってたんだけど。いざ祭りが始まったら、手持ち無沙汰になっちゃった」
「それは残念だね。祭りの間は、届け屋は開店休業状態ってことかい?」
「そのうち補充用の食材が山のように届くとは思うけど、それまではしばしの休暇かな」
「それなら、踊りの練習に集中できるんじゃない?」
「海上パレードのやつ? それはそうなんだけどさ……」
そこまで話して、ボクは言い淀む。ルィンヴェルも何か察したのか、表情が変わる。
「実はさ、ルィンヴェルにお願いしたいことがあるんだ」
「なんだい? 僕にできることならいいけど」
「ボクに海魔法教えてくれない?」
「え? 君はもう、十分に使いこなせているじゃないか」
ボクの言葉に、ルィンヴェルは不思議そうな顔をする。予想通りの反応だった。
「その……海上パレードで先頭を歩く時に、海魔法で色々やろうと思ってるんだよね」
「色々って?」
「水柱を何本も出現させて虹を作ったり、球体にした海水を海面でボールのように飛び跳ねさせたりさ」
「想像するだけで楽しそうだけど、それを移動しながらやるのかい? なかなか高度だね」
「やっぱりそうだよね……一応練習はしてるんだけど、上手にできなくてさ。同じ海魔法が使えるルィンヴェルに、コツを教えてもらえないかなって」
「そういうことなら、いくらでも教えてあげるよ」
「ありがとう!」
ボクは安堵感に包まれながら、ルィンヴェルの手を取る。彼は一瞬驚いた顔をしていたけど、すぐに笑顔を向けてくれた。
「どこまで教えられるかわからないけどね。それで、場所はどうするんだい?」
「そうだなぁ……」
ルィンヴェルの手を離し、ボクは考えを巡らせる。
海魔法の練習ということは当然海の上でやるのだけど、異海人であるルィンヴェルはその姿を見られるわけにはいかない。
人目を避けるために島から離れる必要があるのだけど……練習のし過ぎで魔力が尽きて、島に戻れなくなっても大変だし。どこにしようかな。
「……そうだ。島の西側に岩場があるでしょ。あの先は岩礁地帯になっていて、船もあまり通らないんだ。岩陰に隠れることもできるし、あそこで練習しない?」
「僕とナギサが出会ったあの場所だね。いいよ。そこにしよう」
「決まりだね! それじゃ、現場で合流しよう!」
◇
ルィンヴェルとそんな約束を交わしたあと、一旦海上と水中に別れる。
普段の数倍の交通量の水路を安全運転で移動し、三十分ほどかけて西の岩場へと到着した。
「ナギサ様、お待ちしておりました!」
海に突き出た無数の岩の一つに降り立つと、すぐに海中からルィンヴェルとマールさんが姿を現した。
「殿下から話は聞かせてもらいましたぞ。さすがナギサ様、向上心に溢れておられる」
「向上心っていうか、パレードを見てくれる皆に良いものを見てもらいたいってだけなんだけどね……」
「その心構えが素晴らしいのです! ぜひアレッタ様にも学んでいただきたく……!」
「も、もういいよ! マールさん、そんなに褒めないで!」
執拗に持ち上げられ、恥ずかしくなったボクは思わず叫ぶ。
気持ちはありがたいけど、なんだかくすぐったい。早く魔法の練習をしないと。
「そうだね。それじゃ、さっそくナギサの今の実力を見せてもらえる?」
「う、うん。それじゃ、よく見ててね」
仕切り直すようにルィンヴェルが言い、ボクは深呼吸をしたあと、海魔法を発動して海面に立つ。
「これが基本的な動きでしょ。パレードの時は、後ろの船たちと同じくらいの速度で進みつつ、こんな感じに踊って……」
説明しながら、ボクは海の上を跳ね、空中で前転や後転を繰り返す。
「へぇ、上手いじゃないか」
「ありがとー」
海魔法で海水に弾力性を与えることができるので、見た目以上に体力を使わずに跳ぶことができる。問題は、このあとだ。
「これだけじゃ盛り上がらないから、ここに海魔法で海水のショーを加えようと思うんだよね。こんなふうに」
ボクが手を動かすと、それに合わせるように海中から無数の水柱が伸び……まるで意思があるかのように動いて、ハートや星の形を作り出す。
「移動しながら、ここまで高度なことができるのか……十分だと思うけど」
「でも、長続きしないんだよね……おっとっと」
水柱に続いて水球を生み出していると、足元の海魔法が解け、海中に沈みそうになる。
とっさにそちらに意識を集中すると、それまで発動していた水柱と水球は全て消え去ってしまった。
「はぁ……こんな感じなんだよ。少しでも気を抜いたら、魔法が解けちゃうんだ。海賊と戦った時は、もっと楽に使えてた気がするんだけど」
そのまま体が沈んでしまうような感覚に陥ったボクは、慌てて近場の岩の上に腰を下ろす。
「うーん、ナギサは体内の魔力が
「偏ってる?」
「そう。魔力は血液に乗って全身を巡るからね。血流が滞っていると、魔力の流れも悪くなる。複数の魔法を同時に扱うには、全身に魔力を巡らせる必要があるから」
「そ、そうだったんだ……なんとなく、感覚で使ってたよ」
「ナギサは特に、仕事で足を使いすぎているんだと思うよ。だから、魔力も足に溜まりやすくなってるんじゃないかな」
「言われてみれば……毎日酷使しているとは思うけど」
「まずは足をマッサージして、魔力の流れを良くするのも手かな。そうすれば、今よりは楽に魔法を扱えるようになるはずさ」
「マッサージ……考えたこともなかったよ」
「そうです! 殿下、ここは異海人に伝わるマッサージをして差し上げてはいかがでしょうか!」
反射的に自分の足をさすっていると、マールさんが全身を回転させながら、妙案とばかりに叫んだ。
「え、あのマッサージかい? さすがに淑女の体に触れるのは……」
「何をおっしゃいます! 先日、アレッタ様にもして差し上げたではありませんか!」
「そ、そうだけど……彼女は身内だから……」
「殿下、何を
「えええ!?」
状況が理解できないうちに、マールさんはその無数の触手でボクの靴を器用に脱がしてしまう。
……ボク、何をされるの!?