ボクが
今日の彼女は黄色を基調としたドレスを身にまとっていて、その銀髪とのコントラストが見事だった。
「えっと、シンシア、どうしたの?」
恐る恐る声を掛けると、彼女は息巻きながら近づいてくる。
ちなみに、ルィンヴェルとマールさんはすでに水路の中へと身を隠していた。
「ナギサさんに二つ目の依頼を持ってきたのですわ!」
「え、二つ目!?」
つい先日、彼女からの依頼を終わらせたばかりだと思うのだけど。今度はどんな無理難題を課してくるつもりなんだろう。
「こ、今度は何を届けさせるつもりなの?」
「ナギサさんは料理の配達もしているそうですね」
「し、してるけど」
たじろぐボクに、シンシアはその整った顔をずいっと寄せてくる。
彼女はボクより少し背が高く、自然と見下されるような形になる。
その銀色の瞳いっぱいにボクの顔が映ると同時に、柑橘系の香りが鼻をついた。香水をつけてるのかな。
「それでは、この島で一番の料理を持ってきてください。わたくしを満足させられる料理を!」
「ええっ、料理!?」
「そうです! 期限は前回と同じく、一週間ですわ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! ボク、これから色々と忙しくなるんだけど! お祭りの準備もあるし!」
「そんなこと、わたくしには関係ありませんわ!」
「か、関係あるよ! カナーレ祭りが近づけば、期間限定のお店とか増えるんだよ!」
「あら、そうなのですか?」
「そうだよ! パネッレバーガーのお店や、ラザニアのお店も出るんだから!」
少しでも時間に猶予を持たせようと、ボクは力説する。
ちなみにバネッレバーガーとは、ひよこ豆のペーストを薄く揚げたものを挟んだハンバーガーで、サクサクの衣の中にある豆のホクホク感が最高なのだ。
「でしたら、もう少し期限を延ばして差し上げますわ! 十日間でどうです!?」
「そ、それならどうにかできるかも!」
「それでは十日以内に、料理をお屋敷に届けてくださいませ! 約束しましたわよ!」
最後にそう言い放つと、シンシアはドレスのスカートを優雅に翻し、舟屋から去っていった。
ああいう所作を見てると、やっぱりお嬢様だよねぇ。
「……嵐みたいな子だったけど、知り合い?」
シンシアの姿が見えなくなってすぐ、ルィンヴェルとマールさんが海中から戻ってきた。
「うーん、知り合いというか、腐れ縁というか、ライバルというか……」
「……?」
首をかしげる二人に、ボクはシンシアとの関係を話して聞かせた。
「……なるほど。ナギサ様も厄介な方に目をつけられたものでございますね」
「マール、その言い方は……」
「こ、これは失礼」
ボクの話を聞いて、どこかしみじみと言うマールさんをルィンヴェルが呆れ顔で咎める。
「シンシアはあの性格だからさ、魔法学園でも色々と振り回されちゃって。やっと逃げられたと思ったんだけど、まさか島に来るなんて……」
「ナギサ、困ってるの? 僕からしたら、逆に仲良さそうに見えたけど」
「とんでもない! ボクは迷惑してるんだよ!」
吐き捨てるように言うも、ルィンヴェルは笑っていた。
まったくもう……これからただでさえ忙しくなるっていうのに、シンシアからの依頼まで受けちゃって。大丈夫かなぁ。
◇
それから祭りの準備と仕事に忙殺されるうちに日々は過ぎ、気がつけばシンシアとの約束の日まで、残り五日となっていた。
カナーレ祭りの開催も数日後に迫り、中央運河沿いには無数の屋台や出店が並び、広場という広場はバザー会場と化している。
普段は何もない場所に即席のお店ができるわけで、ボクも配達の際に間違って突っ込んでしまわないよう、細心の注意を払う必要があった。
……水路沿いに出ていた陶器のお店に突っ込みそうになった時は、さすがのボクも肝を冷やしたよ。
「……話には聞いていたけど、すごい数のお店だね」
「そうでしょー。これだけのお店があるんだから、シンシアの口に合う料理もきっとあると思うんだ」
多くの島民で賑わう中、ボクは朝からルィンヴェルと二人で屋台を巡っていた。
いざ祭りが始まってしまうと大勢の観光客が島に押し寄せるため、島民がゆっくりと屋台を巡れるとすれば、開催直前のこのタイミングしかないのだ。
「あ、あのアランチーニおいしそう!」
「え、どれだい?」
様々な品が並ぶ屋台を見ながら歩いていると、とある料理が目に留まった。
「あの丸いやつだよ! 揚げたリゾットの中に、ミートソースが入ってるんだ!」
「お嬢ちゃん、うちのアランチーニはミートソースじゃなく、カレーが入ってるんだぜ?」
「え、カレーなんだ! 珍しい!」
脈アリと思ったのか、店番のおじさんが親しげに声をかけてくる。一方のボクは、目の前に並ぶライスコロッケに思わず目を輝かせる。
カレーに使うスパイスは島じゃ手に入らないし、さすが古今東西のお店が集まるお祭りならではの料理だった。
「ちょうど揚げたてがある。ひとつ50ルリラだが、買うかい?」
「食べてみたいけど……さすがに大きいよね……」
「はは、彼氏と一緒に食えるよう、半分に切ってやるぞ?」
「ありがとう! それならもらうよ!」
そのまま代金を支払って、包み紙にくるまれた料理を受け取った時……はと気づく。
……そういえば今日、ルィンヴェルと二人きりの外出だ。
もちろん、イソラやラルゴといった幼馴染たちにも声はかけたのだけど……皆、なんだかんだ忙しくて。ボクたちだけになってしまったんだ。
……これってもしかして、お祭りデートになるのかな。
い、いやいや、これはあくまで、シンシアの口に合う料理を探すって名目で、ルィンヴェルに付き合ってもらってるんだから。か、勘違いしないようにしないと!
「……ナギサ、顔が赤いけど、どうしたの?」
「う、ううん! なんでもないよ! いただきます!」
そんな恥ずかしい胸の内を悟られないよう、勢いに任せてアランチーニにかじりつく。
「……あっつぅっ!?」
直後、口の中に熱々の肉汁が広がった。あ、揚げたてだっていうの、忘れてた。
……その後は気を取り直し、ルィンヴェルと色々なお店を回っていく。
「ティラミスにパンナコッタ、スフォリアテッラ……ドルチェもいいけど、シンシアはお嬢様だし、こういう料理は食べ慣れてそうなんだよね」
「ジェラートはすごくおいしいけど、これはお屋敷に運ぶ前に溶けてしまいそうだね」
「そうだね……これはちょっと無理かなぁ」
シンシアも女の子だし、甘いものが好きだろう……なんて考えて、ドルチェを中心に調べてみるも……なかなかいいものと出会えなかった。
「も、もうお腹いっぱい……少し休もうよ」
それからお昼過ぎまで粘るも、ボクのお腹が限界を迎えてしまう。
ボクたちは運河近くのベンチに座り、少し休むことにした。
「はふぅ……」
「そういえば、海上パレードの準備は順調?」
お腹をさすりながら、運河をゆっくりのんびりと進んでいくゴンドラを眺めていると、隣に座るルィンヴェルがそう口にした。
「うん。パレードは祭りの最終日だから、まだ余裕あるけどね。先導役は目立たないといけない……とかで、島の酒場で踊り子やってるお姉さんから、色々踊りを教わってる。あと、当日は衣装も用意してくれるって」
「そうなんだ。楽しみにしてるね」
視線だけを動かして答えると、彼は朗らかな笑顔を向けてくれる。
先導者の踊り……正直、他の人に見られるより、ルィンヴェルに見られるほうが緊張する気がする。
「それで、僕は午後からも時間あるけど、ナギサのほうは大丈夫?」
「うーん、ちょっと厳しいかな。頑張ったんだけど、お腹が限界」
「ああ、そっち……」
ルィンヴェルは呆れ顔をするも、こればっかりは誤魔化せない。調子に乗って、たくさん食べすぎた。
「ルィンヴェルは、どれがおいしかった?」
「そうだね……目新しいものばかりで、全部おいしかったけど」
「えー、それだと、参考にならないんだけど。王子様の口に合うような料理なら、シンシアも気に入ってくれるかなって思ったのにー」
「はは、お役に立てなくてごめんね。でも、僕は珍しさより、伝統の味が一番だと思うけどな」
「……伝統の味」
「そう。食べて懐かしいって思える料理かな」
そう言われて、ボクははっとなる。
「ルィンヴェル、ボク、何かわかった気がする!」
そしてベンチから勢いよく立ち上がると、興奮気味にそう口にした。
「……そっか。それならよかった。じゃあ、今日は解散かな?」
「うん! 今日はありがとう! 楽しかったよ! またね!」
一瞬驚いた顔をしたルィンヴェルだったけど、すぐに笑顔になって手を振ってくれる。
そんな彼に手を振り返しつつ、ボクは海魔法を発動させて目の前の運河へと飛び込んだのだった。