今日も今日とて仕事に精を出し、港からの荷物を船頭ギルドへと運ぶ。
「こんにちはー! ナギサの届け屋でーす!」
二つの小包と一通の手紙を手に、元気に挨拶をして扉を開けると……ギルドの皆は奥の机に集まって、なにやら会議の真っ最中だった。
飛び交っていた会話が一瞬止み、無数の視線がボクを貫く。
おおぅ……知らぬこととは言え、配達してるとたまにやっちゃうんだよね。
「……なんだナギサか。ありがとな。そこに置いといてくれよ」
なんとも微妙な空気になった時、疲れた顔のラルゴが近づいてくる。どうやら受付業務をやっているらしい。
「ラルゴがここで働いてるなんて珍しいね」
「なにやら重要な会議をやってるらしくてな。その間、雑用を任されてるんだよ」
ため息まじりに言って、ラルゴは背後に視線を送る。
先程一瞬だけ場を支配した微妙な空気はすでに吹き飛んでいて、再び議論の応酬が繰り広げられていた。
そこにはギルドの重役らしき数人の男性に加え、ラルゴの父親であるブリッツさんや、モンテメディナ伯爵様の姿もある。
「お言葉ですがね。いくら金を積んでもらっても、無理なものは無理だ」
「まだ確定というわけではないのであろう。今から人員を雇えば……」
「船職人ってやつは、単に数が揃えばいいってもんじゃないんですよ。それぞれのやり方ってもんがあるんです。伯爵様にはわからないでしょうがね」
少しお酒も入っているのか、ブリッツさんは伯爵様と額を合わせて激論を交わしていた。
「……すごい剣幕だけど、何の話で揉めてるの?」
「カナーレ祭りの最終日に、海上パレードがあるだろ。それに使う祭礼用ゴンドラの製作が間に合いそうにねえんだ」
ラルゴに尋ねると、そんな言葉が返ってくる。
祭礼用の大型ゴンドラはそのサイズもさることながら、
毎年職人たちが腕を競うように立派な船を作り上げるのだけど、それが間に合わないなんて前代未聞だ。最悪、パレード自体が中止になりかねない。
「そ、それって大変じゃない……どうするの?」
「それをなんとかするための話し合いなんだが……あんな感じで、ずっと平行線なんだよ」
カウンターに頬杖をつきながら、ラルゴはうんざりした表情を見せる。
「……それならば、昨年使ったゴンドラを改修するのはいかがか?」
「祭礼用のゴンドラは毎年新しく作るのが通例ですんで。前の年のゴンドラは残っちゃいません」
「そうか……うーむ……」
大変そうだなぁ……なんて考えつつも、どこか他人事のように会議の様子を見ていると、顔を上げた伯爵様と偶然目があった。
「おや、ナギサ君、来ていたのかい」
「伯爵様、こんにちは! なんか大変そうだね……」
「いや、恥ずかしいところを見せてしまったね。祭りに関しては私も素人だから、なかなかに苦労する」
伯爵様が苦笑しながら言う。それと同時に場の空気が緩み、席についていた人々は大きく息を吐いていた。
「ナギサちゃんが来てるってことは、荷物があんのか……どれどれ」
ブリッツさんはここに来てようやくボクの存在に気づいたらしい。面倒くさそうに席を立つと、カウンターへと向かっていく。
「ちっ……南方諸島の職人ギルドも今年は手が回らねぇらしい。くそったれが」
そしてボクが運んできた手紙を読み、憎々しげにそう漏らしていた。
「ブリッツさん、もしかして今年の海上パレード、中止になっちゃうの……?」
「いや、ゴンドラも漕ぎ手もそろってるから、海上パレードをやること自体に問題はねぇんだが……やっぱ、祭礼用のゴンドラがねぇのが痛えんだよなぁ。観光客のほとんどは、あれを目当てに来るからよ」
ブリッツさんは困ったように、ガリガリと頭を掻いた。
今までの流れから察するに、代わりのゴンドラを用意するのはなかなかに難しそうだ。
「最悪、あのゴンドラ並に注目を集められる存在がありゃいいんだが……ん?」
その時、ブリッツさんの視線がボクを捉える。
「……伯爵様、ちょっとご提案が」
続けて、彼はすぐに伯爵様に耳打ちをした。
「……ほう。それは確かに良い手かもしれん」
その直後、伯爵様もブリッツさんと一緒になってボクを見つめ、うんうんと頷いていた。
「え、二人してどうしたの? 何が良い手なの?」
「ナギサ君に折り入って頼みがあるのだが」
「な、なんでございましょうか」
伯爵様に見つめられ、ボクは思わず妙な言葉遣いになる。
「祭礼用ゴンドラの代わりに、君がパレードの先頭を走ってくれないだろうか」
「ええっ、ボクが!?」
「そうだ。君は世にも珍しい海魔法を使うことができる。生身の人間が海上を自由自在に動き回る様は、見たものに驚きと感動を与えるだろう」
「そ、それはそうかもしれないけど……パレードって、めちゃくちゃたくさんの人が見るよね!?」
「いいじゃねぇか。いつも注目浴びながら海上走ってるくせによ。慣れてるだろ?」
そんなボクと伯爵様の会話に、ブリッツさんが入ってくる。
「た、確かに慣れてるけど、配達中の移動とパレードは全く別物だし!」
「そう言いなさんな。届け屋の良い宣伝にもなるんじゃねぇか?」
「いや、もう宣伝は十分してもらってるし、パレードに来るのは大半が観光客……はっ」
しどろもどろになりながら言葉を紡いだ時、ギルド内の皆の視線がボクに集まっていることに気づいた。
……うわ、ものすごく期待を込めた目で見られてるよ。
「か、考えさせてください……!」
◇
さすがにその場で断る勇気はなく……ボクはそうお茶を濁して、船頭ギルドから逃げ出した。
舟屋に戻ったボクは、二階へと続くはしごに背を預けたまま、悶々とした気持ちでいた。
「はぁ、どうしたものか……」
「帰宅早々ため息なんてついて。どうしたんだい?」
「うわぁ!?」
その時、ふいに声をかけられる。
反射的に声がしたほうを見ると、そこにはルィンヴェルとマールさんの姿があった。
「ふ、二人とも、いつからいたの!?」
「どうしたものか……って、ナギサが悩んでるところから」
「ほとんど全部!? ボクのプライバシーは!?」
「二階はともかく、一階は共有スペースのようなものだと聞いているしね……それより、なにか心配事かい?」
「それがね……あ、ここだとアレだから、ちょっと奥に」
背後の扉に視線を送ったあと、ボクは
「……海上パレードの先導役? すごいじゃないか」
「ぜ、全然すごくなんかないよ。むしろ恥ずかしすぎて、想像するだけで顔から火が出そうなんだよっ」
「もし本当に火が出たら、僕が海魔法で消してあげるよ。それくらい、以前海賊と戦ったことに比べれば、たいしたことないと思うけど」
「そうでございますとも! あの時のナギサ様は、まさに勇猛果敢なシャチのようでした! 無骨な海賊どもを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」
「ちょっとマールさん、それ、褒めてくれてるんだよね……?」
ルィンヴェルの隣で、その触手を大袈裟に振り回すマールさんを見て、思わず笑ってしまう。
胸のうちにあった不安が少しだけ減ったような、そんな気がした。
「ナギサの海魔法の腕前は知ってるし、気負わずにやれば失敗することはないと思うよ。それこそ、タツノオトシゴのように踊れば良いのさ」
「ぷっ、タツノオトシゴって」
続くルィンヴェルの独特な表現に、思わず吹き出す。
ここに来て、二人が面白おかしく励ましてくれていることに気づき、ボクはあったかい気持ちになった。
「……二人とも、ありがとう。ボク、頑張ってみるよ」
「うん。ナギサなら、きっとできるよ」
「そうでございます! ラルゴ様も練習されているようですし、ナギサ様も負けていられませんぞ!」
ボクの周囲を飛び回りながら、マールさんが言う。
「え、ラルゴが?」
……そういえば、その年にデビューする新人船乗りは、そのお披露目を兼ねて海上パレードに参加するのが通例なんだっけ。ラルゴもいよいよデビューするんだね。
「ちょっとマール、それは秘密にしておいてあげたほうがラルゴのためだったんじゃないかな……」
「こ、これは考えが至らずに! ナギサ様、先程の言葉は忘れてくださいまし!」
どこか嬉しい気持ちになっていると、ルィンヴェルがマールさんをやんわりと咎めていた。どうやら、今のは失言だったらしい。
「……ナギサさん! いらっしゃいますか!?」
そんな、なんとも心地良い雰囲気に包まれていた時、大きな音とともに舟屋の扉が開け放たれた。
この声は……例のあの子だ。