「あら、そこにいるのはナギサさんではありませんか」
ボクの存在に気づいた少女が、その銀髪のウェーブヘアを潮風になびかせながら、髪色と同じ色の瞳を向けてくる。淡い青色のドレス姿で、港にはあまりにも不釣り合いだった。
「や、やあ、シンシア……久しぶりだね」
ボクはなるべく自然を装って挨拶を返すも、明らかにぎこちなかった。
「そうですわね。魔法学園以来ですか……落ちこぼれのナギサさん」
「うぐっ」
その直後、彼女の言葉がナイフのようにボクの胸をえぐる。
彼女はシンシア・モンテメディナ。魔法学園におけるボクの元クラスメイトで、伯爵令嬢だ。
ボクが学園を去るきっかけとなった爆発事故を引き起こした張本人でもあるんだけど、まさか故郷の島で再会するなんて思わなかった。
「な、なんでシンシアみたいなお嬢様がこんな島にいるのかな?」
「まもなくお祭りが開催されるでしょう? その開催期間中、この島に滞在しようと思いまして。わたくしのお父様、貴族街に別荘を持っていましてよ」
「へ、へー、そーなんだぁ」
ものすごーく棒読みになっているのが、自分でもわかった。
「ねぇナギサ、この方は誰? 知り合い?」
その時、隣のイソラが小声で尋ねてくる。
「まぁ、知り合いというか、なんというか……」
ボクは必死に感情を押し殺しながら、シンシアについて説明する。
「は、伯爵令嬢様!?」
その正体がわかると、イソラは素早く頭を下げた。
商人の娘として、ここは
「あなた、その見た目からして商人ですわね。お父様は商店や組合もたくさん持っていますから、商売がうまくいくように取り計らってもよろしくてよ」
それを見て気を良くしたのか、シンシアは美しい細工の入った扇子で口元を隠しながら笑う。
その容姿は非常に整っているのだけど、いかんせん性格が悪い。
プライドが高くて高飛車で、何かあればすぐに父親の威厳に頼ろうとするところがあるし。
「察するところ、ナギサさんもこの島で商人として働いているのですか?」
「違うよ! ボクは届け屋の仕事をしてるのさ!」
「届け屋……?」
ボクは胸を張ってそう答えると、届け屋とは何たるかを、シンシアに話して聞かせた。
「……なるほど。顧客から頼まれたものを運ぶお仕事ですか。鉄砲玉のように落ち着きのないナギサさんには、お似合いのお仕事ですわね」
シンシアはどこかトゲのある言い方をし、用意された馬車へと乗り込んでいった。
……なんだか、ものすっごく嫌な予感がする。
走り去っていく馬車を見送りながら、ボクは胸騒ぎがして仕方がなかった。
◇
……それから数日後。祭りの準備も一段落したその日、ボクは舟屋の二階で休んでいた。
ベッドに横になり、ロイから借りた恋愛小説を読む。こんなまったりした時間はいつぶりだろう。
「ナギサさん! いらっしゃいますか!?」
ところが、そんな幸せな時間は突如として終わりを告げた。
けたたましい馬車の音がしたかと思うと、舟屋の扉が乱暴に開けられ、一番聞きたくない声が室内にこだました。
「シ、シンシア……いきなりどうしたのさ」
はしごを使って一階に降りると、従者さんを従えて仁王立ちするシンシアの姿があった。いったい何事だろう。
「届け屋のナギサさんに、お仕事の依頼に来たのですわ! 今日のわたくしは、お客様ですわよ!」
「お、お客様ぁ!?」
つい、素っ頓狂な声が出てしまう。学園にいる時もこうだった気がする。彼女は突拍子もないことを言って、ボクを振り回すんだ。
「うー……それで、何をどこに届ければいいの?」
ボクは周囲を見渡すも、彼女やその従者さんの手にそれらしい荷物はない。
「そうですわね。正確には、とある品物を探し出し、わたくしのもとに届けてほしいのです」
「なにそれ。ボクの仕事とは微妙に趣旨が違うんだけど」
「届けるということに代わりはないでしょう? それとも、無理なのですか?」
そう言った直後、シンシアは扇子で口元を隠しながら悪戯っぽい笑みを浮かべる。
所詮、落ちこぼれのナギサさんですわね……と、目で言われている気さえした。
「……わかったよ。何を届ければいいの?」
「本ですわ」
「本?」
ボクは思わず聞き返す。
「そうです。お父様が探しているという、島の歴史書がありまして。確か題名は……『カナーレ群島史』でしたわね」
思い出すような仕草をしてから、シンシアはそう口にする。聞いたことのない本だった。
「期限は一週間後。日没の鐘が鳴るまでですわ。お父様の誕生日プレゼントですので、遅れることは許しませんからね」
シンシアはそう続けたあと、
「あ、ちょっと待って! その本を見つけたら、どこに届ければいいの!?」
「わたくしのお屋敷にお願いしますわ。貴族街の一番大きなお屋敷と言えば、わかりますかしら」
言われてすぐに、とある建物が思い浮かんだ。
高台の上にあって、島のどこからでも見える立派なお屋敷。あれがシンシアの家なんだ。
「……それでは、期待していますからね。届け屋さん」
「もちろん! 本くらい、すぐに見つけてみせるからね! 大船に乗ったつもりでいてよ!」
馬車に乗り込んでいくシンシアに、ボクは大声でそんな言葉を投げかけたのだった。