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第20話『島の夏祭り、近づく』


 それからしばらくすると、島の一大イベント――カナーレ祭りの準備が始まった。


 祭りの開催はまだ二週間ほど先の話なのだけど、準備のための物資は早い時期から港に届く。


 となると、届け屋としてのボクの仕事も一気に増え、朝から晩まで忙しく働いていた。


「うひー、今日も午前中だけで荷物三十個……何度港と繁華街を往復したかわからない……」


「よう、おつかれさん」


「ナギサ、お疲れ様」


 その日もお昼過ぎになって舟屋に戻ると、なぜかそこにはラルゴとルィンヴェル、そしてロイの姿があった。


 お客さんが荷物を置きに来ることもあるので基本舟屋に鍵はかけないのだけど、この三人が揃っているなんて珍しい。


 加えて、なにやらいい匂いがする。


「どうしたの? 男子たちだけで密会するなら、もっといい場所があると思うんだけど」


「人聞きの悪い言い方するなよ。これでも、最近頑張ってるナギサを労ってやろうと思ったんだぜ?」


 ラルゴはそう言うと、器に盛られたアラビアータを差し出してくる。


 これは『怒り』の名前を冠するパスタ料理で、その辛さから食べると怒ったように顔が赤くなることが由来だ。


 トマトソースにニンニクや唐辛子が混ぜ込まれていて、さっきからの匂いの原因はこれだったらしい。


「え、もしかしてラルゴが作ってくれたの!?」


「ああ、スタミナがつくようにニンニク多めだぜ」


「……ボク、接客業なんだけど。午後からニンニクの匂いを漂わせながら仕事しないといけないの?」


「ま、まぁそう言うなって! せっかく作ったんだし、食べてくれよ!」


 今更になって気づいたのか、ラルゴは取り繕うように言うも……ボクのために作ってくれたのは事実だし、せっかくなのでいただくことにした。


「それじゃ、いただきます」


 男の子三人とテーブルを囲み、挨拶をしてフォークを手に取る。


 恐る恐るパスタを口に運ぶと……ガツンとしたニンニクの風味と、汗が吹き出るくらいの辛さが口の中に広がった。


「うわっ、ちょっとラルゴ、これ、辛すぎるよっ」


 慌てて水を口にするも、辛さはちっとも和らぐことはなかった。


「そっか? 俺は普通だが……男はこれくらいのを食うんだよ」


「ボク、女の子!」


 思わず叫び、ロイとルィンヴェルを見てみる。二人は食べ進めてはいるものの、少しきつそうだった。痩せ我慢しているようにも見える。


「……60点」


「ちょっ……作ってもらっといて点数つけるのかよ!?」


「ボクは正直に言う主義だから。他の二人の意思も含めてるよ」


 そう伝えると、ロイとルィンヴェルは静かに頷いていた。やっぱり、二人にも辛かったんだ。


「くっそー。ヴァーロ家の味は受け入られなかったか。なら、こっちのドルチェはどうだ?」


 そう言ってすぐ、テーブルの下に置かれていたバスケットから、ラルゴは何かを取り出す。


「わ、プリンだ!」


「口直しに、これでも食えよ」


「ありがとう!」


 すぐさまスプーンを手にして、プリンを一口食べる。甘いふわとろの食感が口の中いっぱいに広がって、幸せな気分になった。


「んー、これは100点!」


「くそー、評価甘々だな」


「プリンだけにね!」


「ちなみに、それはイソラのお手製だそうだよ。今日は用事があって来られないから、せめてドルチェだけでもって」


「さすがイソラだね!」


 続くルィンヴェルの言葉にボクは納得し、彼女に感謝しながらプリンを頬張る。


 ……その後は甘いプリンと辛いアラビアータを交互に食べつつ、なんとか食事を続けたのだった。


「……ところでナギサ、ここのところずいぶん忙しいみたいだけど、島で何かあるのかい?」


 食事を終えて洗い物をしていると、お皿を運んできたルィンヴェルがそう尋ねてくる。


「うん。もうすぐカナーレ祭りがあるんだよ!」


「お祭りかい? それは楽しみだね」


「楽しみだけど、開催する側としては色々準備がね……期間も長いしさ」


「そうなんだ。僕の国にもお祭りはあるけど、あれは数日で終わるものじゃないのかい?」


「カナーレ祭りの場合は商売の面もあるからね……一月は続くよ。その間は色々なお店が出て、催し物もたくさんあるんだ」


「……聞けば聞くほど、大掛かりなイベントだね」


「大掛かりなんてもんじゃないよ……祭りの最終日には島のゴンドラ総出で海上パレードがあるし、それを見るために各地から貴族様までやってくるんだ。普段静かな島が、人でごった返すんだよ」


「大変そうだけど、楽しそうだね。ぜひ、皆と一緒に見て回りたいな」


「……お金持ちや上流階級の人が通りを闊歩することになるし、商売でもしていない限り外に出ないほうがいいと思うけどなぁ」


 そう言うのはロイだった。まだ口の中が辛いのか、ちょくちょくと水を飲んでいる。


「上流階級の人たちも島に宿泊するんだろう? ロイの家には来ないのかい?」


「うちは安宿だからね。食事もサービスもそれなりさ。高級志向のお金持ちは島の北側にある別荘や、高級ホテル街に泊まるよ」


 どこか呆れたように言って、ロイはコップに残っていた水をあおる。


 ボクとしても、これから祭り当日……いや、祭り最終日直前まで、地獄のような仕事量が待ち構えていると思うと、気が気じゃなかった。


 ◇


 午後からも仕事に精を出し、港と繁華街、そして住宅地を何度も往復する。


 すると、港で偶然イソラの姿を見つけた。


「おーい、イソラー」


 声をかけると、彼女は振り返る。その手には大きなバスケットがあり、買い出しの途中ということがわかった。


「あら、ナギサも港に用事だったの?」


「うん、ちょうど今、配達の仕事が終わったところ。あ、プリンごちそうさま!」


「ふふ、お口に合ったのなら何よりよ」


 その場で差し入れのお礼を伝えていると、なにやら港のほうが騒がしくなる。


「何かしら。ナギサ、ちょっと見に行ってみましょ」


 直後にイソラの野次馬根性が発動したらしく、彼女はボクの手を掴んで港の奥へと進んでいく。


 イソラと一緒になって人混みをかき分けていくと、港の桟橋に豪華な客船が停泊していた。


 出迎えの馬車や従者らしき人の姿もあるし、よほどのお金持ちがやってきたのだろう。


「……全く、愛娘がやって来たというのに、お父様はお出迎えもしてくれませんの?」


「も、申し訳ございません。旦那様はご多忙でして」


 馬車も豪華だし、よほどの貴族様なんだろうなぁ……なんて考えていると、聞き覚えのある声がした。


「まぁ、いいでしょう。それよりも……あら? そこにいるのはナギサさんではありませんか」


 その直後、声の主もボクの存在に気づく。その顔を見たとたん、ボクは全身に鳥肌が立った。


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