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第19話『これってデート? 後編』


 その後も他愛のない会話をしながら、ミックスフライを片手に皆と住宅地を歩く。


「お、イソラのそれ、なんなんだ?」


「え、これ?」


 そろそろ商店街の入口に差し掛かろうかという時、ラルゴがイソラにそう尋ねていた。


 見ると、イソラの手には、リング状になったフライがある。


「最近採れるようになった島タマネギだね。甘くておいしいけど、ラルゴの袋には入ってないの?」


「入ってねーぞ。イカなら入ってたけどよ。それ、レア物だな」


 どうやら、袋の中身には個人差があるらしい。単純に店員さんが入れ間違えたのか、あるいは本当にミックスされているのか、真偽は定かじゃないけど。


「ラルゴ、食べてみる? はい」


「おう」


 左手に袋を抱え、右手に別のフライを持っていたラルゴは両手が塞がっていたためか、イソラに差し出されたそれを直接口に咥えていた。


 ……その光景を見て、ボクとロイは固まってしまう。


 えっ、えっ、待って。二人ってそういう関係なの?


「……はっ」


 その視線に気づいたのか、イソラとラルゴが同じ動きでボクたちを見る。


「こ、これは違うのよ。彼、両手が塞がっていたでしょ?」


「そ、そうだ。そういうことだ」


 二人は取り繕うように言うも、明らかに顔が赤い。


 いくら幼馴染同士で、ずっと同じ島にいるからって……この二人、ボクが見てないところでどれだけ仲良くしてるんだろう。


「ま、まったくもう、見せつけてくれるなぁ」


 恥ずかしさを隠すためか、ロイは袋から適当なフライを引っ張り出してかじりつく。


 ボクも同じように袋に手を差し入れて……リング状のフライを見つけた。


「あ、ボクの袋にも入ってた」


「それがそうなんだね。確かに変わった形だ」


 思わず目の高さまで持ち上げていると、ルィンヴェルが興味深そうにオニオンリングを見てくる。


「せっかくだし、ルィンヴェル食べる?」


「そうだね。じゃあ、遠慮なく」


 そう言うとすぐに、ルィンヴェルはボクの手から直接フライを食べてしまった。


「ふあ!?」


 まさかの行動に、ボクは変な声が出てしまう。


「ル、ルルルルィンヴェル、何してるの」


「……あれ? ラルゴたちもそうしていたし、地上ではこうやって食べるのがマナーかと思ったんだけど」


「違うから!」


 声を張り上げた直後、自分の顔が熱くなっているのがわかった。


「ナギサ、顔が茹でたタコのように赤いよ。大丈夫?」


「だ、大丈夫だからー!」


 わたわたと手を振り回しながら、ボクは答える。


 ルィンヴェルの独特な表現も気にならないくらい、気が動転していた。


「……なんか居づらくなってきたし、僕、帰ろうかな」


「待ってロイ! 今後の作品の参考になるかもしれないでしょ!?」


「今のところ恋愛を題材にした作品は書くつもりないんだけど……」


「いいから逃げないで! こうなったらイチレンタクショーだよ!」


 どこかで聞いた覚えのある言葉を叫びつつ、ボクはロイの腕を掴んだのだった。


 ◇


 その後は気を取り直し、イソラの要望でぬいぐるみのお店に立ち寄ったり、ロイの希望で本屋に行ったりした。


 やがて昼食時になり、ボクたちは中央運河が目の前に広がるレストランでお昼を食べることにした。


「スープはミネストローネで、メインはアクアパッツァにしようかしら。あ、ナギサはドルチェどうする?」


「そーだねー。ここは定番のティラミスか、アフォガードもいいかな」


「それだと食後のコーヒーはいらない感じ? 私はどうしようかしら……」


「女連中はすぐにドルチェの話かよー。ルィンヴェル、やっぱ男は肉料理だよな」


「そ、そうだね。見慣れない料理名ばかりで、何がなんだかわからないけど……」


「ここはガッツリ、牛肉のタリアータあたりをだな……ってロイ、なんでチーズリゾットなんて頼んでるんだよ。肉食えよ!」


「い、いいじゃないか。食べたいんだよ……」


 そんなふうに、わいわいと料理を選ぶ皆を眺めていると……近くのテーブルから話し声が聞こえてきた。


「最近は海賊連中、めっきり姿を見せなくなったらしいじゃないか」


「聖王国が動いてくれたのか? あの国は陸軍こそ強いが、海軍はからっきしって話だったが」


「理由はよくわからないが、海賊連中がいなくなったのは事実だ。なんにせよ、ありがたい話だよ。乾杯!」


 直後、グラスを合わせる音が響いた。


 ……ルィンヴェルは怒ってたけど、皆喜んでくれてるし。やっぱり海賊たちを懲らしめて正解だったんだよ。




 ……お腹を満たしたあとは、中央運河を渡ってラルゴの家へと向かう。


「オヤジは船頭ギルドの会合でいねーけど……なんで俺んちなんだよ?」


「この街といえばゴンドラ観光は外せないし、ルィンヴェルにも一度体験してほしくて。ラルゴのとこなら、ゴンドラあるよね?」


「あるけどよ……まさか、俺の操縦するゴンドラで運河に出ようって魂胆か!?」


「そのまさかだったり。ラルゴ、自主練したいって言ってたよね?」


「うっ……確かに言ったが、それは一人で黙々とやりたいんであって……」


「皆が乗ってるほうが、お客さんを乗せた時の練習になるんじゃない?」


「た、確かに人を乗せた練習はしたことねーけど……」


「それにほら、本物の観光船とか乗ったら、お金かかるし」


「そっちが本音かよっ!」


 自宅の玄関に足を踏み入れながら、ラルゴは声を荒らげる。

そう言いつつも、船揚場ふなあげばで粛々と船を用意してくれるあたり、まんざらでもないのかもしれない。


「……用意できたぜ。足元に気をつけて乗ってくれ」


 やがて準備が完了し、ボクたちは彼の案内でゴンドラへと乗り込む。


 練習用のゴンドラは形こそ古いものの、ラルゴによってしっかりと手入れされていて船体はピカピカ。二人がけの座椅子が三つ並んだ客席には、ゴミ一つ落ちていない。


「それじゃ、出発するぜ」


「ラルゴ、きちんと観光案内よろしくね」


「わ、わかってるよっ……くそ、知ってるヤツ相手だと調子狂うな」


 その特徴的な長いオールを操作しつつ、ラルゴの操るゴンドラはゆっくりと運河へと進んでいく。


「おおお、揺れるっ。ラルゴ、この船大丈夫だよね!?」


 そして運河の流れに乗った直後、ゴンドラが左右に揺さぶられる。


「は、話しかけるなっ……積み荷と違って人が乗ってると、船の重心が取りづらいんだっ」


 思わず尋ねると、彼はそう言って体の向きを変えたり、オールを細かく動かしたりする。


「大事なイソラも乗ってるし、万一にも転覆なんてしないでよ!?」


「あったりめーだろ! くそっ……今日は波があるな……!」


 ぶつぶつ言いながら、ラルゴは必死に船を安定させようとする。


 もし船が転覆しても、ボクが全員助けるから安心してね!


 ……やがてゴンドラは落ち着きを取り戻し、運河の上を滑るように進んでいく。


「……右手に見えますのが、カナーレ港でございます。一日に寄港する船の数は、大小合わせて三十隻近くに上ります」


 ラルゴも地に足がついた操舵をするようになり、観光案内の練習をする余裕も出てきた。


「はい、質問! 寄港数はわかったけど、この運河を利用する船は、一日あたりどのくらいですか!?」


「うっ……」


 挙手してそんな質問を投げかけてみるも、ラルゴは言葉に詰まっていた。


「船頭ギルドに所属している船がだいたい一千隻だから、一日に稼働する船は三百から五百隻ってところだと思うよ」


「……だそうです。お客様、予定にない質問はしないようにお願いします」


 代わりにロイが答えてくれ、ラルゴは口調こそ丁寧だけど、ボクを睨みつけてくる。


 一人前のゴンドラ乗りになったら、これくらいの質問にはスラスラ答えられないといけないと思うけど。


「へぇ、ロイは物知りだね」


「べ、別に……知識として覚えてるだけさ」


 ルィンヴェルに褒められ、ロイが照れていた。


 さすが本の虫だけあって、知識が豊富だなぁ。


 そうこうしていると、ボクたちを乗せたゴンドラは運河を南下し、海に出た。


「……海上から海を見ることはあまりないから、不思議な感じだね」


 どこまでも広がる青い海を見ながら、ルィンヴェルがしみじみとそう口にする。


 普段は海の中で生活しているわけだし、そんなものなのかもしれない。


「えー、あちらに見えますのが水上教会です。数百年の歴史があり、再臨祭さいりんさいの時期には巡礼者を乗せた船で周囲が埋め尽くされます」


 続いて海上に見えてきた建物をラルゴが説明する。


「再臨祭というのはなんだい?」


「あー……その年最後の日没に合わせて創造神エレファトが天に帰り、新年の日の出とともに再び降臨するのを皆で祝う儀式だな」


「つまり、皆で集まって新年を祝うイベントなわけだね?」


「そうなんだが……なんつーか、もっとこう、厳格なものなんだよ。パーティーって感じじゃない」


 ルィンヴェルに問われ、ラルゴはそう答える。


「中には持ち寄った食事をふるまったりすることもあるけど、基本はお祈りや、皆で再臨を願う歌を聞くことが多いわね」


 イソラがそう続ける。聖歌隊に所属しているだけあって、さすがに詳しい。


「なるほどね。ボクたちには神様を祀るという考えがないから、勉強になるよ」


 ルィンヴェルはうんうんと頷きながら、イソラの話に聞き入っていた。


 その反応から、彼なりに楽しんでくれているようだった。




 その後も島の周囲を案内しながら、色々な話で盛り上がっていると……いつしか周囲はオレンジ色に染まっていた。


「殿下、そろそろお時間です」


 その頃になると、どこからともなくマールさんが現れ、そう告げた。


「あれ、もうそんな時間かい」


 ルィンヴェルは一瞬だけ寂しそうな表情を見せるも、すぐに笑顔になって船から海へ飛び降りる。


「皆、今日は楽しかったよ。ありがとうね」


 最後に右手を振りながらそう言うと、彼は海の中へ帰っていく。


 そんなルィンヴェルに手を振り返しながら、彼を楽しませるつもりが、いつしかボク自身も楽しんでいたということに気づいたのだった。


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