「ありがとうナギサちゃん、いつも助かるよ」
「いえいえー、今後とも、『ナギサの届け屋』をごひいきにー!」
海上の商船への配達を終え、ボクは帰路につく。
先日痛い目に遭わせたのが効いているのか、ここ最近、イグロース海賊団は鳴りを潜めている。
北の大陸からの航路も再び使えるようになり、商船の往来と比例してボクの仕事も増えた。
それに伴って借金も着実に減っている。良きかな良きかな。
「それにしても、今日の荷物は重かったなぁ……肩が痛いよ……んー!」
「ナギサ様、お疲れ様でございます」
「うひゃあ!?」
つい肩を回していると、いつしか真横にピンク色のクラゲ……マールさんの姿があった。
海の真ん中で知り合いに会うなんて思わなかったから、完全に虚を突かれて変な声が出てしまった。
「マ、マールさん、驚かさないでよ……」
「これは失礼。海の上を華麗に進むナギサ様の姿が見えたもので、ついお声がけをしてしまったのです」
ボクは速度を落としながらマールさんと会話する。
「ルィンヴェルは今日、一緒じゃないの?」
「はい。殿下は本日、妹君のアレッタ様と公務に赴いております」
「そっかぁ……時々忘れそうになるけど、ルィンヴェルって王子様なんだよね」
「左様でございます。ところが最近……その、少しお疲れのご様子で」
「え、そうなの?」
マールさんはどこか言いにくそうにそう口にした。
「王族として、民に情けない姿を見せまいと気丈に振る舞われているようですが……ワタクシにはわかるのです」
言われてみれば、先日一緒にお茶して以来、もう一週間くらいルィンヴェルと会っていない気がする。
王子様とか常に気を張ってないといけないイメージだし、やっぱり疲れちゃうよね。
「そこで、ナギサ様にお願いがあるのですが」
「え、何?」
「近いうちにお時間を用意しますので、殿下の
「気慰み……一緒に遊べばいいってこと?」
「その通りです。殿下が王族というご身分から解き放たれるのは、地上にいる時だけですから。もちろん、ワタクシも陰ながらご協力させていただきますので、何卒お願いできませんでしょうか」
「そういうことなら、全然いいよ!」
「ありがとうございます! きっと、殿下もお喜びになられるでしょう!」
ボクが二つ返事でOKすると、マールさんはそのピンク色の体を回転させて全身で喜びを表現していた。
「詳しい日時や集合場所は、また追ってご連絡いたしますので! それでは!」
言うが早いか、マールさんは勢いよく海中へと飛び込み、姿を消してしまった。
「もう少しゆっくりしていけばいいのに。せわしないなぁ……」
その魚影を見送ったあと、ボクは速度を維持したまま考え込む。
「ルィンヴェルと遊ぶにしても、何をしたらいいかなぁ」
彼も忙しい中で休みを作ってくれるんだし、舟屋じゃできないことがいいよね。
それにルィンヴェルは地上の文化に興味があるっぽいし、地上っぽい遊び……うーん?
しばし考えるも、これと言ったものはすぐに浮かばなかった。
「……まだ時間はありそうだし、あとでゆっくり考えよう!」
最後はそう開き直ると、ボクは再び速度を上げ、陸を目指したのだった。
◇
……それから数日後。マールさんに指定された日の早朝に、ボク……いや、ボクたちは島の南西にある浜辺にやってきていた。
「……ねぇ、なんで僕たちまで呼ばれてるの? マールさんから頼まれたの、ナギサだけだよね?」
「せっかくのお休みだし、私、ぬいぐるみ作ろうかと思ってたんだけど……」
「俺もゴンドラの自主練しようかと……」
「そう言わないで! せっかくだし、皆で一緒に遊ぼうよ!」
ロイにイソラ、そしてラルゴ……集まってくれた三人の幼馴染たちをなだめるように、ボクは言葉を紡ぐ。
実のところ、最初はルィンヴェルと二人っきりで遊ぼうと考えてたんだよね。
でもそれって、思いっきりデートだってことに途中で気づいて……こうして皆を呼び集めたわけ。
うん、皆と一緒なら、きっと恥ずかしくないはず!
「僕も正直、新作を書き進めたいんだけど……」
「まーまー、ロイもそう言わずに。お昼ごはん、ごちそうするからさー」
「……おまたせ。皆、今日は誘ってくれてありがとう」
そんな会話をしていると、海の中からルィンヴェルが音もなく現れた。
マールさんから指示されてきたのか、彼の服装も普段よりお洒落な気がする。
「ルィンヴェル、おはよう! 今日はよろしくね!」
「こちらこそ。マールから聞いてるけど、今日は地上文化の勉強を兼ねて、街を案内してくれるんだって?」
「そ、そう! 楽しみながら学べる、ナギサの地上講座!」
「資料集め協力したの、僕たちだけどね」
「そこ! 黙ってて!」
「はは、よろしくお願いするよ。ナギサ先生」
ロイの呟きをかき消すようにボクが叫ぶ中、ルィンヴェルは笑顔を見せる。
「それじゃ、ルィンヴェルも来たことだし、さっそく行こう!」
このあとのスケジュールを頭の中で反すうしながら、ボクは先頭に立って歩き出す。
時々海から謎の視線を感じるし、きっとマールさんが見守ってくれているんだろう。
ルィンヴェルと合流したあと、朝食を食べていなかったボクたちは、近くのお店で軽食を取ることにした。
クレタおばあちゃんの住む島を左に見ながら浜辺を北上すると、やがて一軒のお店が見えてくる。
「すごくいい匂いだけど、何を売っているお店なの?」
「ふっふっふー。ここはね、ミックスフライのお店なのさ! 最近できたばっかりなんだよ!」
ボクは振り返り、両手を広げながら高々と言い放つ。
ここは以前仕事で訪れた場所だけど、一度皆で来たいと思ってたんだ。
「お兄さん、ミックスフライください!」
「あ、君はいつぞやの……今日はおお友達と一緒かい? ちょうど揚げたてがあるよ」
「やったー!」
代金を支払って、ボクは店番のお兄さんから五人分のミックスフライを受け取る。
「カナーレ島といえば、新鮮な海産物と野菜が有名だからね! それを使ったフライは、一度は食べておくべき!」
そう説明しながら、ボクは仲間たちに袋を手渡していく。それからさっそく袋を開け、フライを一つ食べてみる。
ホクホクの食感とわずかな塩気が口の中に広がった。これはポテトだ。
「噂には聞いてたけど、確かにうまいな」
「うん。おいしいよ」
同じようにフライを頬張りながら、ラルゴとルィンヴェルが笑みを浮かべる。概ね好評のようで、ボクは胸を撫で下ろす。
「……はっ」
そしてその直後、ボクは袋を守るように抱き、キョロキョロと周囲を見渡す。
「ナギサ、どうしたの?」
「……さすがに海鳥たちはいないよね」
「……?」
思わずそう口にすると、皆は一様に首をかしげた。
皆は知らないんだよ。獲物を前にした海鳥たちの恐ろしさをさ。
……その後、ボクたちは熱々のミックスフライをつまみながら、住宅地を進む。
「それでナギサ、今日の予定はどうなっているの?」
「うん。このまま住宅地を抜けて、中央運河沿いの商店街に行こうかと思ってるんだ。あそこなら変わったお店がたくさんあるし」
「そうなんだ。それなら、ちょっとぬいぐるみのお店に寄らせてもらってもいいかな」
「もちろん、ぬいぐるみも、地上の重要な文化だしね!」
ボクがそう伝えると、イソラは笑顔の花を咲かせていた。
「あら、ナギサちゃん、おはよう」
そんな嬉しそうなイソラを微笑ましく見ていた時、家の庭で洗濯物を干すふくよかな女性から声をかけられた。
彼女は数日前、港へ荷物の配達を依頼してくれた人だ。
「おはようございまーす! 先日はありがとうございました!」
「こっちこそ助かったよ。またよろしくね」
「……おや、ナギサちゃんじゃないか」
女性に手を振り返していると、今度は一人のおばあさんから声をかけられる。
住宅地のど真ん中ということで、知り合いばかり。なかなか歩みは進まなかった。
「……さすがナギサ、人気者だね」
「お、お仕事でたくさんの人と付き合いがあるだけだよっ」
「それでも、ナギサが頑張った成果だよね」
「あ、あはは……」
ルィンヴェルから褒められて、ボクは思わず顔をそらしてしまう。
「おや、いつもの顔ぶれだと思ったけど、一人知らない子がいるねぇ」
その時、おばあさんがルィンヴェルを見ながら不思議そうな顔をした。
「初めまして、ご婦人。ルィンヴェルと申します」
「あらまぁ、ご婦人だなんて。どこのお坊ちゃんだろうねぇ」
整った所作でルィンヴェルが一礼すると、彼女は一瞬驚いたあと、照れ笑いを浮かべていた。
……さすが王子様だ。挨拶が