「海賊だぁ! イグロース海賊団が出たぞぉーっ!」
甲板で誰かが叫ぶ中、合計五隻の小型船が近づいてくる。
そのどれもが独特なドクロマークの旗を掲げていた。あれは間違いなく、海賊の証だ。
「な、なんで島の南側に出るんだよぉっ……! どうすりゃいいんだっ……!」
「ええい、海の男が泣き言を言うな! まずは逃亡を試みる! 面舵いっぱい!」
船長らしき男性がよく通る声でいい、船はゆっくりと右へ旋回していく。
けれど郵便船は大きいぶん、その動きは遅い。小回りが利いてスピードが出る小型船相手には、とても逃げられそうになかった。
「せ、船長! 逃げられません! それにこれ以上進路をずらすと、座礁する危険があります!」
操舵担当の船員さんから悲鳴に近い声が聞こえ、不安が船中に伝播していく。
そうこうしているうちに、海賊の小型船はますます近づいてくる。
……これはもう、一刻の猶予もない。
「あの海賊たち、ボクがなんとかするよ!」
次の瞬間、ボクはそう口に出していた。
海賊と戦うなんて危険極まりないし、以前ルィンヴェルにも止められていたけど……困っている人たちを放ってはおけない。
なにより、この船にはロイの大切な原稿が載っている。
万一この船が沈められようものなら、それこそ彼の努力が全て無駄になってしまう。
「お、お嬢ちゃん、本気で言っているのかい?」
「もちろんだよ! ボク、こう見えて海魔法使いだからさ!」
言うが早いか、ボクは甲板から海へ飛び降りる。頭上から船員たちのざわめきが聞こえた。
「君たち! 島の周囲で暴れまわるのはいい加減やめてよ!」
海賊たちの眼前に降り立ったボクは、力の限り叫ぶ。
「あ? なんだあのガキは?」
「海の上に立ってんのか……?」
海面に平然と佇むボクを見て、船上の海賊たちは一様に信じられないものを見るような顔をする。
「俺っちは知ってるぜ! あいつは水魔法使いだ!」
そんな中、海賊の一人が船上で立ち上がり、ボクを指差しながら言った。
「さすが博識のデュークだ! 詳しいな!」
「残念だけど違うよ! ボクは海魔法使いさ!」
声を大にして訂正するも、デュークと呼ばれた海賊は豪快に笑い飛ばす。
「海魔法だぁ? そんなもん、見たことも聞いたこともねぇぜ!」
「そりゃそうだろうけど! ボクの魔法で痛い目に遭いたくなかったら、さっさと撤退したほうがいいよ!」
そう続けるも、彼らはゲラゲラと下品な笑い声をあげるばかり。ボクの話は全く聞き入れてもらえそうになかった。
「それよりお嬢ちゃん、こっちの船に来いよ! 俺たちと遊ぼうぜ!」
「……はぁっ」
次第に近づいてくる船を
……ボクも暴力に訴えるのは嫌なんだけど、こうなったら仕方ないよね。
「ていやっ」
次の瞬間、眼前の小船が真下から突き上げられるようにひっくり返る。
「な、なんだぁ!? 岩にでも当たったのか!?」
「ち、違う! 急に波が!?」
逆さまになった船にすがりつきながら、海賊たちは困惑していた。
驚いているようだけど、彼らは泳ぎ慣れているようだし、溺れることはないと思う。
「おいお前ら、ガキに何遊ばれてやがる!?」
その時、一連の動きを見ていたらしい別の船が高速でボクのほうへやってくる。
船上の海賊たちは、ナイフや銃といった武器を構えていた。
直後に銃声がするも、ボクは水圧を高めた海水の壁を生み出して銃弾を遮断する。
「な、なんだ!? 水の壁が……ぶわぁぁ!?」
驚愕の表情で固まる海賊たちを尻目に、ボクは先程と同じように大波を起こして船を転覆させる。
海魔法をこんなふうに使うことは滅多にないんだけど……一応、魔法学園では魔法を使った戦い方も学んできたし。これくらいなら余裕だった。
「海の上じゃ、ボクには勝てないよ! 諦めて帰ってよ!」
「ええい、ガキ一人に弄ばれてんじゃねぇ! さっさと船を襲えっ!」
ボクは懇願するも、集団のリーダーらしき男性が声を張り上げ、二隻の小型船が郵便船に向けて突進していく。
その船首には鋭く尖った槍のようなものが取り付けられていて、あのまま体当たりされたら、郵便船はひとたまりもない。
「諦めてって言ってるのに! このわからずや!」
感情をぶつけるように言って、ボクは両手を前に出す。
その状態から手のひらを上に向け、すくい上げるように動かすと、それに応じるように海水が手の形に変化。二隻の船を後ろから抑え込む。
「ふ、船が、波に捕まえられた!?」
「ええい、早く脱出しろ! 漕げ! 漕ぐんだ!」
それに気づいた海賊たちは必死にオールを動かすも、状況は変わらない。
「そーれっ!」
「う、うわあぁーーっ!?」
ボクは波の腕を操って、二隻の海賊船を空中へと放り投げる。
投げ放たれた小船はまるで木の葉のようにくるくると空を舞い、乗組員たちを海へ撒き散らしながら離れた海面へ落下した。
「く、くそっ! 退却だ! 船長に報告するぞ!」
局面を見て圧倒的不利と判断したのか、最後の一隻は急速に方向転換。海の彼方へと逃げ去っていった。
「すげぇ、あのお嬢ちゃん、本当に一人で海賊をやっつけちまいやがった」
「えへへー、ボクに任せておけば、これくらいどうってことないよ!」
ボクは甲板からの喝采を浴びながら、得意顔で船に舞い戻ったのだった。
◇
その後、海を漂っていた海賊たちは残らず捕らえて、島の自警団に引き渡した。
それからボクは島へ戻り、ロイに無事に原稿を船へ届けたことを報告する。
ちなみに、郵便船が海賊に襲われたことは黙っておいた。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
「ふふーん、必ず届けるって約束したからね! 今後とも、『届け屋』をよろしく!」
「あ、ちょっと待って」
最後にそう言ってロイに背を向けた時、彼に呼び止められた。
「え、どうしたの?」
「この本、貸してあげるよ」
そう言うロイの手には、ボクが屋根裏部屋で読んでいた『サラニーチェの初恋』があった。
「いいの?」
「うん。なんか読みふけってたみたいだしさ。貸してあげる」
「ありがとう!」
差し出された本を受け取って、ボクはお礼を言って宿屋をあとにした。
それからいつものように水路を通り、舟屋の前に戻るも……ボクはフラフラだった。
「はぁ……ちょっと調子に乗って、魔力を使いすぎたかも、今日は早めに休も……」
大きなため息とともにそう呟いて、舟屋の扉を開ける。
……するとそこに、ルィンヴェルの姿があった。