水路を通ってラルゴの家の
ラルゴの家から海に出る方法は二つあって、一つは北側の水路を使って中央運河に出て、そこから島の南北の海を目指すルートだ。
でもそれだと、中央運河に沿うように作られた繁華街の真横を通ることになる。繁華街は未だに煌々と明かりが灯っているし、そこをゴンドラで通れば必ず誰かの目に留まると思う。
目撃情報がないところからして、ラルゴが使ったのはもう一つの……島の東側に抜けるルートだと思う。島の東側は住宅地ばかりで、今の時間なら人目につくことも少ないだろうし。
その考えに至ってすぐ、ボクは水路を駆けて島の東側の海へと向かった。
ラルゴ……何事もなければいいんだけど。
海に出たとたん、強い波に体が前後左右に激しく揺さぶられる。
「うわっとっと……!?」
なんとかバランスを取るも、いつもと全く違う海面だった。いくら海魔法が使えるとはいえ、しっかり気を張っていないと転けてしまいそうだ。
気を引き締めたあと、沖合を見渡すも……船らしき明かりは見えない。
そればかりか、空は厚い雲に覆われて月明かりも届かず、周囲はどこまでも真っ暗だった。
波風に揺れる手元の明かりが、なんとも心許ない。
……その時、猛烈な恐怖が襲ってきた。
真っ暗な海の底から、何か得体のしれない存在がボクを海中に引きずり込もうとしてくるような、そんな気さえした。
「……大丈夫。海はボクの味方さ」
一人でそう呟いて、思わず島のほうを振り返る。
すると波の合間に、海に浮かぶ無数の明かりが見えた。
あれはおそらく、ラルゴを探すための船の明かりだろう。
今夜のような風の強い日には、よほど腕利きの漕ぎ手でないと船を出せないのだけど、彼らは危険を顧みず、ラルゴのために捜索船を出してくれているようだ。
その光景に勇気をもらったボクは大きく深呼吸をし、捜索を再開した。
ボクはさらに沖合に移動してラルゴの船を探すも、それらしきものは見つからない。
波はますます高くなり、彼の乗ったゴンドラが転覆する想像を何度もしてしまう。ボクはその度に、その嫌なイメージを必死に打ち消した。
「ラルゴのことだし、きっと大丈夫さ!」
わざと大きな声で、海に向かって叫ぶ。言霊というものがあるし、口に出したことは本当になるんだ。
それから食い入るように周囲を見る。すると、ほんのわずかな明かりが波の間に見えた。
「……いた!」
波間を木の葉のように漂うゴンドラと、それにしがみつく赤髪の少年。ラルゴに間違いなかった。
「ラルゴ! やっと見つけたよ!」
強い風と、それに比例するように大きくなる波をかき分けるように海面を駆け、彼のもとへと急ぐ。
「……ナギサ!?」
ゴンドラに駆け寄ってみると、波を被ってしまったのか、その明かりはほとんど消えかけていた。
……本当にギリギリだった。この明かりが消えてしまっていたら、絶対にラルゴを見つけることはできなかったと思う。
「なんで夜の海なんて出たの!? 皆、心配してるよ!」
時折大きく揺れるゴンドラに乗り込みながら、ボクは声を荒らげる。
「オヤジにああ言われて、我慢できなくなったんだよ。悪いかよ」
「気持ちはわかるけど、こんな沖まで出ることないでしょー」
「……波の少ない水路じゃ練習にならないからよ。ほんの少し沖に出て、すぐに戻ろうと思ってたんだ。そしたら急に海が荒れ始めてさ。挙げ句、船の舵は壊れちまうし」
ボクが呆れた声を出すと、ラルゴは船の後方を見た。
その視線を追うと、舵取り用のオールを船体に固定する留め具が破損し、オールが完全に外れてしまっていた。これでは、船をまともに操縦することもできないと思う。
「言いたいことは色々あるけど、ボクが船を押してあげるから島に戻ろう? このままだと危ないし」
「……ああ、わかったよ」
ボクがそう説得すると、ラルゴは首を縦に振ってくれた。
それを確認して、ボクは海面へと降り立つ。
「そうと決まれば、長居は無用だよ! ラルゴ、しっかり掴まっててね!」
言うが早いか、ボクは船の後ろに波を起こし、島に向かって押していく。
「う、うおおお!?」
突然船が動き出したことに慌てふためくラルゴを横目に、ボクはすぐ隣を並走するように走り出した。
島の周囲に出ている明かりを頼りに、ボクたちは島に近づいていく。この調子だと、捜索隊との合流ももうすぐだろう。
……そう考えていた時、大きな横波がボクを襲った。
「……おわっ!?」
片方の海面を持ち上げられ、ボクはバランスを崩す。そして次の瞬間、隣を走る船の側面に側頭部を思いっきり打ちつけてしまった。
その衝撃で海魔法が解けてしまい、ボクは海中へと沈む。
「おい、ナギサ! 大丈夫か!?」
船上からラルゴの声がして、一瞬飛びかけた意識が戻ってきた。それから急いで海面へ戻ろうとするも、ボクは荒れ狂う海流に翻弄される。
おまけに今は夜。上も下もわからず、ボクは完全にパニックになっていた。
どうしよう……暗い! 怖い!
必死に手足を動かすも、海面に向かっているのかすらわからない。
泳ぎは得意なのだけど、現状何の役にも立たなかった。
そうこうしているうちに肺から空気が逃げ、意識が
「――ナギサ!」
その時、すぐ近くで聞いたことのある声がした。ラルゴじゃない。
「殿下、溺れておいでです! 空気を入れて差し上げませんと!」
「ああ、わかっている!」
……誰だろう。
意識が薄れる中、そっと抱きかかえられたかと思うと……唇に柔らかいものが触れた気がした。