「皆―、ちょっと手伝ってー!」
勢いそのままに舟屋へと戻ったボクは、
「え、どうしたの?」
ややあって、イソラを先頭にロイとラルゴが驚いた表情でやってくる。
「この人、配達の途中で助けたんだけど……ここで少し休ませてあげられないかな?」
「もちろん! 男の子二人、奥に寝かせてあげて。私、近所からタオルケット借りてくるから!」
イソラは即断すると、後ろにいたラルゴたちにそう告げて、足早に建物を飛び出していった。
そんなイソラの背中を、男子二人は呆気にとられた様子で見ていたものの……やがて我に返ったようにルィンヴェルさんに視線を移す。
「ほ、本当に休ませるだけでいいのか? 医者に見せたほうがいいんじゃ……?」
「いいえ! 少し休めば大丈夫でございます!」
その時、マールさんが叫ぶように言う。二人の視点が、ピンク色のクラゲに集中した。
「え、クラゲが喋った!?」
「というか、浮いてるし!?」
「ワタクシはクラゲではありません! ルィンヴェル様の執事で、マールと申します!」
「い、今は挨拶なんていいから! 早く休ませてあげてよ!」
触手を振り回しながら自己紹介するマールさんを、ボクは声を上げて制止する。
「そ、そうだな。ロイ、運ぶの手伝え」
「う、うん!」
ボクの慌てようを見て状況を悟ったのか、男子二人は協力してルィンヴェルさんを奥の部屋へと運んでくれた。
「お待たせ!」
時を同じくして、タオルケットを持ったイソラが戻ってくる。
そのタオルケットをルィンヴェルさんにかけてあげ、しばらく様子を見ることにした。
「ねぇ、ルィンヴェルさんって、陸の上で寝ても大丈夫なの?」
「はい。一度海水に浸かれば、しばらくは問題ありません。岩場であのお方を見つけた時は、おそらく半日以上海水に浸かっていなかったのでしょう」
マールさんに小声で尋ねると、そんな言葉が返ってきた。
「ところでこの人、暑さにやられたの? 今日はそこまで暑くなかった気がするけど」
「渦に巻き込ま……ううん、岩場で倒れてたから、よくわかんない」
ロイがふいに尋ねてきて、ボクは慌ててそう口にする。勝手に色々話しちゃうのは良くないよね。
「うぅっ……」
そんな会話をしていた時、ルィンヴェルさんが小さく声を上げ、目を開けた。
「ルィンヴェルさん、気がついた?」
「ここは……?」
「カナーレ島にある、ボクの舟屋だよ! 気分はどう?」
「かなりいいよ。本当にありがとう」
上体を起こしながらそう言って、彼は微笑んでくれる。
その笑顔を見た瞬間、胸の鼓動が早くなった気がした。こ、これはなんだろう。
「と、友達も手伝ってくれたんだよ! こっちの女の子がイソラで、メガネの男の子がロイ、筋骨隆々なのがラルゴだよ!」
突然降って湧いてきた感情を誤魔化すように、ボクは幼馴染たちを紹介する。
「ちょ、ちょっと待て、なんだよその紹介」
「メガネの男の子って何さ。まるで、メガネが本体みたいな言い方しないでよ」
揃って不満顔をする男子二人を見て、ルィンヴェルさんが吹き出すように笑った。
あれ? ボク、何か変なこと言ったかな。
「そういえば、部屋に運んだ時に見えたんだけどよ……ルィンヴェルの背中、怪我をしてるのか?」
その時、ラルゴがどこか言いにくそうにそう口にする。
「ああ、これは
「異海人!?」
その単語に一番に反応したのはロイだった。あまりの驚きように、かけていたメガネがずり落ちる。
「ロイ、知ってるのか?」
「知ってるも何も……異海人っていうと、海の底に巨大な都市を作って暮らす幻の種族だよ。目撃情報なんて皆無で、僕も書物の中でしかその存在を知らなかったんだ」
普段はおとなしいロイが、興奮気味に言葉を紡いでいた。
もしかしてボク、すごい人を助けちゃった?
「よく知ってるね。僕はその都市からやってきた王子なんだ」
「王子様!?」
今度はボクとイソラの声が重なった。
そりゃあ、マールさんからも殿下って呼ばれてたし、そもそも執事がついてる段階で高貴な身分じゃないかなーとは思ってたけど、まさかの王子様だったなんて。
言われてみれば、どことなくまとってるオーラが庶民と違うような……。
「あの、ルィンヴェル殿下、一つ質問よろしいでしょうか」
「いきなりかしこまらないで。敬称もいらないよ」
突然ガチガチに固まったロイが、おずおずと問うも……ルィンヴェルさんはその緊張をほぐすように笑いかける。
「そ、それじゃあ……ルィンヴェルさんの住む国は、僕たちの島のすぐ近くにあるってこと?」
「うーん、近くじゃないけど、遠くでもないね。とても深い場所にあるから、普通の方法じゃたどり着けないと思うよ」
少し難しい顔をしながら、そう教えてくれる。
海の上を移動する手段は多々あるけど、海の底に潜る手段は聞いたことがない。海中都市の存在を知ったところで、行くことはできなさそうだ。
「じゃ、じゃあ、私も聞きたいことがあるんですけど……」
……その後、幼馴染たちから様々な質問が飛ぶも、ルィンヴェルさんは時折マールさんと相談しながら、律儀に答えてくれた。本当に気さくな人だった。
「魚介類を油で揚げた料理……地上にはそんなものがあるんだね。いつか食べてみたいな」
その一方で、ルィンヴェルさんは地上の話に聞き入っていた。
普段海の底で生活してるってことは、やっぱり地上に興味があるのかな。
そうこうしているうちにボクたちはすっかり打ち解け、イソラが用意してくれたお茶とお菓子を囲みながら会話を楽しんだのだった。
◇
やがて夕方近くになり、海の底に帰るというルィンヴェルさんを皆で見送る。
「……今日は本当に楽しかったよ。また、ここに来てもいいかな」
船揚場に差し込む西日に照らされながら、彼は期待と不安が混ざりあった顔で言った。
「もちろん、いいよ!」
ボクは皆を代表するようにそう告げる。
現状、この舟屋はボクが借りているのだし。海を自由に移動できるルィンヴェルさんなら、船揚場からの出入りも容易だと思う。
「ありがとう。今度来る時は、お土産を用意してくるよ」
冗談なのか本気なのかわからないことを言って、ルィンヴェルさんは茜色に染まる水路へと飛び込む。その姿は一瞬で見えなくなってしまった。
そのあとには、マールさんが一人残されていた。
「……皆様に、お願いがございます」
追いかけないのかな……なんて思っていると、マールさんがおもむろに口を開く。
「殿下のこと、地上の人々には秘密にしておいてほしいのです。異海人の王族がお忍びで地上にやってきたと知れますと、何かと問題がありますゆえ」
「もちろんだよ。それに、誰かに言ったところで、信じてくれないだろうしさ」
神妙な声で言う彼に、ボクはそう言葉を返す。友人たちも一緒にうなずいてくれた。
「ありがとうございます。ナギサ様とそのご友人がた、今後とも、殿下をよろしくお願いいたします」
最後にそう言って一礼し、マールさんは水中へと消えていった。
……こうして、ボクたちに新たな友達ができたのだった。