「お前さ、貴族の乗った難破船を助けて、借金生活になったって噂を聞いたが、本当なのか?」
「だいぶ湾曲して伝わってるね……あながち間違ってはないけどさ」
中央運河にある舟屋まで歩きながら、ボクはラルゴとそんな会話をする。
「今は届け屋の仕事始めたし、借金だって少しずつ返してるんだから」
「届け屋……? なんだそれ」
首をかしげるラルゴに、ボクはこれまでの経緯を簡単に説明した。
「……なんつーか、のほほんとしてるようで、お前も色々大変なんだな」
「のほほんは余計だよっ……それよりラルゴ、お父さんと仲悪いの? 家族は大事にしなきゃ」
「わかってるよ……あれでも船頭ギルドの重役だからな。島じゃ色々と顔も利くし、利用する価値はまだある」
「そんなこと言って……素直じゃないなぁ」
ラルゴの顔を覗き込むようにすると、彼はあからさまに顔をそらした。
「ところで、ロイは? 島に帰ってきてから、ボクも全然会えてないんだけど」
「あいつは相変わらず本の虫だ。こっちが引っ張り出してやらなきゃ、いつまでも家から出てこねーよ」
続けて、もう一人の幼馴染のことを聞いてみると、そんな言葉が返ってきた。
「ボクとイソラはよく一緒にいるけど、男の子同士は遊んだりしないの?」
「遊んでねーなぁ。俺もゴンドラの修行が毎日忙しいからさ」
ラルゴはそう言って、船のオールを漕ぐ仕草をする。
小さい頃はボクとラルゴ、それにイソラとロイの四人でよく遊んでたんだけど……最近はなんだかんだで疎遠になってしまっているようだ。
島で数少ない同年代なんだし、もっと仲良くしたいんだけどなぁ。
……そんな話をしながら歩みを進めていると、目的地の舟屋へと到着した。
「俺も久しぶりに入るけど……ネズミの巣になってたりしてな」
「こ、怖いこと言わないでよ。ボクがネズミ苦手なの、知ってるくせに」
ボクを見て一瞬ほくそ笑んだあと、ラルゴは鍵を回し、扉を開けた。
久しぶりに揺れ動いたであろう空気に埃が巻き上げられ、陽の光にその粒子がキラキラと輝く。
それと同時に、強いカビ臭さが鼻をついた。
「……すごい匂い」
思わず鼻を押さえつつ、周囲を見渡してみる。いつのものかもわからない古い木材や袋、木箱が散乱していて、ひどい有り様だった。隅のほうには、明らかにカビが生えている。
「
ラルゴは恐る恐るといった様子で床を踏む。ギシギシと嫌な音がした。
「まずは船揚場を確認しないとね。うぅ、あまり見たくないなぁ」
「俺らが子どもの頃から使ってない場所だったしな。水路に落ちたら危ねーからって、いつも鍵かかってたしよ」
ボクとラルゴは慎重に歩みを進め、奥の船揚場を目指す。
子どもの頃はしっかりと鍵がかかっていた扉も今は腐って外れ、床に落ちていた。
その扉を踏み越えて、隣の部屋を覗き込む。
「うわー、ゴミの山」
ボクはため息まじりに呟く。
ゴンドラを水路に出すため、船揚場はその一部が斜面になっているのだけど、そこを埋め尽くすように大量のゴミが流れ着いていた。
「水路を流れてきたゴミが、少しずつ溜まったんだろうなぁ。こりゃ、片付けるのも大変だぞ」
「さすがのボクも、こんなゴミの中を走っていきたくないよ……早急に片付けなきゃ」
呆れ顔のラルゴにそう言い、
「……あ、二階はそれほど汚れてない!」
壁際に設置されたはしごを上がると、想像より遥かに綺麗な室内が目に飛び込んでくる。
「これなら、ちょっと掃除したら住めるかも……おっとと」
喜び勇んで室内に足を踏み入れると、床板が鈍い音を立てた。
「やっぱ二階も床は悪くなってるな。一階と合わせて張り直すか、補強する必要がありそうだ」
「うう……どこか腕の良い大工さん、いるかな……噴水通りのオジェットさんはもう歳だし……」
「そんな顔すんなよ。それこそ乗りかかった船だ。俺がやってやるよ」
「ホント!? ありがとう!」
ボクが考えあぐねていると、ラルゴがそう言ってくれた。嬉しさのあまりその手を取ると、彼は面食らったような顔をする。
「本当だよ。俺だって漕ぎ手を目指してるんだ。船だけじゃなく、舟屋のメンテナンスもできなきゃ話になんねーし。格安でやってやるよ」
「え、借金生活のボクからお金取るの!?」
「あったりめーだろ。材料だってタダじゃないんだからよ。道具は俺が用意するが……もう一人男手が必要だな。よし、ロイに手伝わせるか」
「それなら、イソラも呼ぼうよ!」
「はぁ? なんであいつを?」
「どうせなら、幼馴染の皆でやりたいんだよ! 昔みたいに!」
「いいけどよ……イソラのやつがいると、調子狂うんだよなぁ……」
後ろ頭をかきながら、ラルゴは視線をそらす。
大変な作業だけど、皆と一緒なら楽しくなりそうだった。
◇
その翌日から、ボクはラルゴやロイ、イソラと一緒に舟屋の修繕作業に取りかかった。
「はぁ……なんで僕まで駆り出されるんだよぉ……」
癖っ毛の金髪でメガネをかけた少年が、大きなハンマーを手にうなだれる。
彼がロイ。ボクたちの幼馴染で、小説家志望のおとなしい性格の男の子だ。
正直なところ力仕事とは無縁で、その手にあるハンマーがすごく浮いて見える。
「ロイ、ごちゃごちゃ言ってねーで作業すっぞ。まずは一階の床板を全部剥がすんだ」
ロイを
「おお、頼もしいねぇ」
「私たちは古い材木やゴミを外に運び出しましょ。あ、仕事が入ったら、ナギサは抜けていいからね」
「イソラ、ありがとう! やっぱり持つべきものは頼りになる幼馴染だよ!」
「ナギサってば、調子いいんだから……うりゃ!」
呆れた口調でロイが言い、ハンマーを振り下ろすも……先程のラルゴとは比べ物にならない弱々しいものだった。
「普段太陽の光を浴びねぇから体力なくなっちまうんだぞ? ナギサのほうが力あるんじゃね?」
「失礼な! いくらボクでも男の子には……」
言いかけて、言葉に詰まる。
ここ最近は重たい荷物も運んでるし、海上でバランスを取るためにおのずと体幹も鍛えられている気がする。これはもしかすると、もしかするかも。
「ねぇロイ、ちょっとハンマー貸して」
「えぇっ、ナギサ、本気?」
「うん。ちょっとやってみるだけ。てりゃあっ!」
ボクはロイからハンマーを受け取ると、見様見真似で振り下ろす。
ドカン、という音がして、見事に床板が砕け散った。
「……僕、イソラと一緒に片付けを担当するよ」
それを見たロイは意気消沈し、砕け散った木片を拾い始める。
「ふふ、お昼にはお弁当用意してるから、ロイも頑張って」
イソラがそんな言葉を投げかけるも、ロイは肩を落としたままだった。
よーし、元々そこまで広い舟屋じゃないし、一階部分は今日中に終わらせちゃおう!