『ナギサ・グランデ。あなたを本日付で退学処分とします。
王立魔法学園・学園長 ノーリス・ランツェフェルド』
故郷の島へと向かう船の甲板で、ボクは手元にある手紙を見て肩を落とす。
何度見直しても、自分の退学通知だった。
しかもこの手紙には続きがあり、二枚目は借用書になっている。
「借金100万ルリラ……こんなの、絶対返せないってば……!」
この借金も学園絡みで、実験棟の一部を盛大に吹き飛ばした爆発事故の責任を負わされた結果なのだけど……。
「あれは絶っ対にシンシアが仕組んだんだよ! だいたい海魔法使いであるボクが、海水を使った実験で失敗するはずがないじゃないかー!」
自分の髪と同じ色の海に向かって、力の限り叫ぶ。
「お嬢ちゃん、元気だねぇ」
そんなボクの横を、モップを手にした船員さんが通り過ぎていく。
「はぁぁ……おばあちゃんになんて言おう」
その姿を見て我に返るも、無常にもボクを乗せた船は生まれ故郷であるカナーレ島に近づいていた。
……その時、船が大きく揺れる。
「キャプテン、大変です! 船が
直後、船室から若い船員さんが血相を変えて飛び出してきた。
「なんだと!? 船底は!?」
「今のところ浸水はしていませんが、完全に乗り上げちまったみたいで……全然動きません」
「くそっ、カナーレ島が近いし、救難信号を上げるか……?」
報告を受けた船長さんは、腕組みをして考え込む。
「ねぇ、ここはボクに任せてよ!」
そんな船長さんのもとへ、ボクは駆け寄っていく。
「任せるって……お嬢ちゃん、何をする気だい?」
「ボクの魔法で、船を持ち上げるんだよ!」
「はは、そんなことができたらいいなぁ。子どもが一人でいると危ないから、ご両親と船室にいなさい」
「失礼な! ボクはこう見えて15歳だよ! それに一人旅だし!」
腰に手を当てながら、ボクは声を荒らげる。
そりゃあ、見た目からかなり幼く見られるけど! とっくに成人してるんだから!
「そ、そりゃ失礼……だが船を持ち上げるなんて魔法、本当に使えるのかい?」
「ふふーん。まぁ、見ててよ!」
ボクは得意げに言うと、甲板から海面へと飛び降りる。
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん!?」
頭上から困惑した声が聞こえるも、ボクは何事もなかったかのように海面に降り立つ。
「な、なんだありゃ? 海の上に立ってんのか?」
信じられないといった表情の船員さんに、ボクは笑顔で手を振る。
それから船が乗り上げた場所を探すため、海面を滑るように移動していく。
これがボクの『海魔法』の力の一つで、自分の意志で海面に浮き続けることができるんだ。
それに加えて、自分で波を生み出したり、操ったりすることもできる。
「……見つけた。ここだね」
しばらく船の周囲を調べていると、船首の一部が浅瀬に乗り上げているのを見つけた。
無数の島々で構成されるカナーレ島の近海はこういった岩礁になっている場所が多くて、慣れない船だとすぐに座礁しちゃうんだよね。
「それじゃ、持ち上げるよー! 少し揺れるから、どこかに掴まって!」
そう言ってすぐ、ボクは右手を頭上高く掲げる。
すると船の真下の海が盛り上がり、船を暗礁から脱出させた。
……その時、甲板から歓声と拍手が巻き起こる。
とっさに顔を上げると、いつしか乗客たちが集まっていて、ボクに拍手を送ってくれていた。
「素晴らしい力だ。それは水魔法かい?」
その先頭に立つ貴族らしき男性から、弾んだ声が降ってくる。少し青みがかった髪が印象的だった。
「違うよ! ボクのは海魔法なんだ!」
「うみまほう……? 聞いたことがないが、そんな魔法があるのかい?」
「そうだよ! すごいでしょ!」
ボクは胸を張ってそう答える。
不思議なことに、ボクが海魔法を使うと皆揃って驚愕の表情を見せるんだ。
自分以外に海魔法を使える人に出会ったことがないから、きっと珍しい魔法なんだと思う。生まれつき使える身としては、実感がないけど。
「暗礁抜けたよー! もう船を動かしても大丈夫!」
続いてそう叫び、ボクは足元に水柱を発生させる。その力を利用して、一気に甲板まで戻った。
「いやぁ、驚いた。お嬢ちゃん、おかげで助かったよ」
「えへへー、困ってる人は放っておけないしねー」
頭を下げながら嬉しそうに言う船長さんに、そんな言葉を返す。
続けてたくさんの人から感謝の言葉を伝えられ、なんだかこそばゆい気持ちになる。
「よーし! 船を進めろ! カナーレ島の港まで、もう少しだぞ!」
やがて船はゆっくりと動き出す。
他の乗客たちと一緒に安堵の息を漏らしていた時、前方に浅瀬が見えてきた。
「ああっ、その先、また岩礁があるよ! 面舵いっぱい!」
「な、何!? お、面舵いっぱいだ!」
ボクが叫ぶように言うと、船長さんも慌てて指示を出す。今度はギリギリのところで乗り上げずに済んだ。
「……ねぇ、船長さん、ひょっとしてこの海域初めて?」
「じ、実はそうなんだ。それまでは聖王国の北の海で働いていてな。海図は頭に入れたつもりだったんだが」
「そーいうことなら、ボクが島まで案内してあげるよ! ついてきて!」
言うが早いか、ボクは再び船から飛び降りる。
海面に立つと、大好きな海の香りが鼻をつく。
その匂いに妙な安心感を覚えながら、ボクは海の上を滑っていく。
本気を出せば小型の高速船を一瞬で追い抜けるほどのスピードも出せるけど、今は船の先導が優先だ。
背後を気にしつつ移動していると、懐かしい町並みが見えてきた。
狭い島の限られた土地にびっしりと立ち並ぶ、白壁の建物。屋根はオレンジ色で、統一感がある。
その家々のほとんどが島内に無数に張り巡らされた運河や水路に接していて、大小さまざまな船が行き交っていた。
そして、その全てを取り囲む、青い海と広い空。
故郷に帰ってきたという実感が、ようやくわいてきた。