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41・何故……


 ──ここは事実の断片を正直に話して、理解を得るしかないだろう。


王城ここに、住んでいるんだ」

「へっ……そうなのですか?」

「ああ」


 またもや気まずい沈黙が横切る。


 ──彼女の顔を見てみろ、余計に怪しんでるじゃないか……!


 小首を傾げたレティアが、鳩のように目を丸くしてラエルを見上げている。


「その、出身が王家筋なものだから」


 不意に口から出た言葉が尻すぼみになる。

 もっと気の利いた理由が他にあっただろうに。苦しい言い訳だが、嘘ではない。


「そう、なのですね。高貴な身分の方だろうとは思っていましたが、まさか王家の……」


 王都の騎士団のほとんどは貴族や上級士民出身だ。

 ラエルが王族の縁者だと言って王城に居住していても、違和感は持たれないだろう。

 そんなラエルの想いとは裏腹に、レティアの表情がみるみる曇っていく。


 ──ん……何故、暗い表情かおをする?


「レティア。私は何か、君の気に触るような事を言っただろうか?」


 ──彼女の気に触るもなにも、そもそも部屋に男が訪ねて来ること自体、気持ち悪いだろう……!


「いいえ、ラエル……様。こちらこそ、度重なる非礼を申し訳ございませんでした」


 言うと、実に優雅に礼を取る。

 視線を上げた美しい少女は、戸惑いと悲しみとが入り混じったような顔をしていた。


「待ってくれ。なんで、そうなる?!」

「はい。知らなかったとはいえ……王族の方に気安く話したり、ましてやお名前を呼び捨てにしていたなんて。このような事は、打ち首にされてもおかしくないほどの非礼でございます」


 ──おいおい……この後に及んで、そんな寂しい事を言わないでくれ。


「いや、そんなにかしこまらず、その……。これまで通り名前で呼んで、気安く接してくれないだろうか?」


「いいえ、できませんわ。私のような平民があなたを呼び捨てにして、気安く接しているところを誰かに見られでもしたら、王族のあなたの威信にも関わってしまいます」


「レティア、私はだた、君と……」


 ──ああ、なんでこうなった? レティアに会って話したいと……彼女との距離を縮めたいとさえ願ったものが、完全に逆効果じゃないか。


 心から申し訳なさそうに俯いてしまったレティアに、言葉をかけようとしたその時だ。


「いけない、ミアさんが」


 仕事部屋の奥の寝室からレティアの名を呼ぶ声がする。


「ラエル様、同僚が起きました。もうお部屋に戻らなきゃ」

「……そうか、わかった」


「また来る」と、つい言いかけてグッと口をつぐむ。


 ──私が押しかけても、迷惑、だよな。


 「シッシ」と追い返された子犬さながら、しゅんと項垂れてレティアに背中を向ける。


「……思いがけずにお会いできて、とても、嬉しかったです」


 そんな言葉が聞こえたような気がして振り返った。

 後光を発する女神が、憂いを帯びた美しい眼差しでこちらを見つめている。

 薔薇の花びらのような唇に、可憐な微笑みを浮かべながら。







「殿下、どうかされましたか?」


 回廊を歩きながら、ゲオルクの問いかけに「何でもない」とだけ答えた。

 けれど実際はそうじゃなくて。


 何故、レティアが王城に滞在しているのか(解決済み)。

 何故、レティアは自分のものと同じ曲のオルゴールを持っているのか。

 何故、レティアは別れ際に泣き出しそうな目をして微笑んだのか。


 昨夜から「何故」が続いており、ラエルはすっかり頭を悩ませている。


 ──彼女は言った、私に会えて嬉しかったと。何故なんだ?! いや、考えるまでもなく単なる挨拶、つまりは社交辞令だよな?


 そして行き着くところはだ。


 ──何故、私はレティアの事ばかりを考えてしまうのだろう──。


 ゲオルクが後ろを歩きながら一日の予定を読み上げているが、頭に入ってこない。


 物思いに耽りながら回廊を行けば、見知った顔がこちらに向かって来る。

 束ねた髪を背中に躍らせながら肩で風を切り、軽快な靴音を響かせて颯爽と歩くのは、王都警吏騎士団総括団長のカルロス・ガローだ。

 漆黒の騎士服に身を包んだ美貌の騎士団長に、通りがかりのメイドたちが挨拶をしながら頬を赤く染めている。


 カルロスは、ラエルの姿を認めると数歩手前で立ち止まり、軽く礼を取った。

 彼には今朝も会っているため、特に話す理由はなかったのだが。


「カルロス。国王の話はもう済んだのか?」


 気を紛らわせたかったのか、無意識に呼び止めてしまった。


「……はい」


 必要最低限の受け応えをして、少しも相好を崩さぬ彼に、相変わらず感情が読めない奴だとラエルは思う。


「この先は来客用の宿坊だ。何か用事でも?」

「その質問、答える必要がありますか?」


 王太子に対しても臆さず飄々とした態度を取る彼に、ラエルは愉快そうに「ふはは」と笑う。


「安定の傲岸さだな」

「ふっ、あなたご自身がを望んでらっしゃる事を、俺は知っていますからね」

「そうか、それは良い心掛けだ。それで、この先に何をしに行くんだ?」

「ある人に会いに」

「ある人、とは?」

「今日はやたら食いつきますね」


 ラエルは「ウグッ」と唇を引き結ぶ。

 この先にはレティアも居るのだ。彼女のすぐ近くに、カルロスの知り合いが滞在しているというのか。


「殿下には無関係ですが、私が口説いている最中の女性です」

「無関係は余計だな」

「無関係でしょう」

「そうでもないよ。私の知り合いも滞在中なのだ」


 カルロスは僅かに眉を動かしたが、


「……では、私はこれで」

 軽く会釈を残しただけで、また歩を進めて行ってしまう。


「彼は《無礼》という言葉を知らないのでしょうな?」


 皮肉を込めたゲオルクの呟きに、ラエルはふっと息を吐いた。

 「へぇ」とか「そうですか」とか相槌は無いのかとツッコみたくもなるが、カルロスという男は昔からこうだったと思えば腹も立たない。


「なぁ、ゲオルク。奴は『口説いている最中の女性』と言ったよな?」

「はい。私にもそう聞こえましたが」


 珍しい事があるものだ、と驚いてしまう。

 数多あまたの女性に言い寄られこそすれ、カルロス自らが女性を口説くなど聞いたことが無いからだ。


「本当に女性なんだろうか」

「……さあ」


 カルロスのことだ、ある種の冗談かも知れない。

 そんなふうに思いながら、ラエルもようやく歩を進め始めたのだった。





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