──ここは事実の断片を正直に話して、理解を得るしかないだろう。
「
「へっ……そうなのですか?」
「ああ」
またもや気まずい沈黙が横切る。
──彼女の顔を見てみろ、余計に怪しんでるじゃないか……!
小首を傾げたレティアが、鳩のように目を丸くしてラエルを見上げている。
「その、出身が王家筋なものだから」
不意に口から出た言葉が尻すぼみになる。
もっと気の利いた理由が他にあっただろうに。苦しい言い訳だが、嘘ではない。
「そう、なのですね。高貴な身分の方だろうとは思っていましたが、まさか王家の……」
王都の騎士団の
ラエルが王族の縁者だと言って王城に居住していても、違和感は持たれないだろう。
そんなラエルの想いとは裏腹に、レティアの表情がみるみる曇っていく。
──ん……何故、暗い
「レティア。私は何か、君の気に触るような事を言っただろうか?」
──彼女の気に触るもなにも、そもそも部屋に男が訪ねて来ること自体、気持ち悪いだろう……!
「いいえ、ラエル……様。こちらこそ、度重なる非礼を申し訳ございませんでした」
言うと、実に優雅に礼を取る。
視線を上げた美しい少女は、戸惑いと悲しみとが入り混じったような顔をしていた。
「待ってくれ。なんで、そうなる?!」
「はい。知らなかったとはいえ……王族の方に気安く話したり、ましてやお名前を呼び捨てにしていたなんて。このような事は、打ち首にされてもおかしくないほどの非礼でございます」
──おいおい……この後に及んで、そんな寂しい事を言わないでくれ。
「いや、そんなに
「いいえ、できませんわ。私のような平民があなたを呼び捨てにして、気安く接しているところを誰かに見られでもしたら、王族のあなたの威信にも関わってしまいます」
「レティア、私はだた、君と……」
──ああ、なんでこうなった? レティアに会って話したいと……彼女との距離を縮めたいとさえ願ったものが、完全に逆効果じゃないか。
心から申し訳なさそうに俯いてしまったレティアに、言葉をかけようとしたその時だ。
「いけない、ミアさんが」
仕事部屋の奥の寝室からレティアの名を呼ぶ声がする。
「ラエル様、同僚が起きました。もうお部屋に戻らなきゃ」
「……そうか、わかった」
「また来る」と、つい言いかけてグッと口をつぐむ。
──私が押しかけても、迷惑、だよな。
「シッシ」と追い返された子犬さながら、しゅんと項垂れてレティアに背中を向ける。
「……思いがけずにお会いできて、とても、嬉しかったです」
そんな言葉が聞こえたような気がして振り返った。
後光を発する女神が、憂いを帯びた美しい眼差しでこちらを見つめている。
薔薇の花びらのような唇に、可憐な微笑みを浮かべながら。
*
「殿下、どうかされましたか?」
回廊を歩きながら、ゲオルクの問いかけに「何でもない」とだけ答えた。
けれど実際はそうじゃなくて。
何故、レティアが王城に滞在しているのか(解決済み)。
何故、レティアは自分のものと同じ曲のオルゴールを持っているのか。
何故、レティアは別れ際に泣き出しそうな目をして微笑んだのか。
昨夜から「何故」が続いており、ラエルはすっかり頭を悩ませている。
──彼女は言った、私に会えて嬉しかったと。何故なんだ?! いや、考えるまでもなく単なる挨拶、つまりは社交辞令だよな?
そして行き着くところは
──何故、私はレティアの事ばかりを考えてしまうのだろう──。
ゲオルクが後ろを歩きながら一日の予定を読み上げているが、頭に入ってこない。
物思いに耽りながら回廊を行けば、見知った顔がこちらに向かって来る。
束ねた髪を背中に躍らせながら肩で風を切り、軽快な靴音を響かせて颯爽と歩くのは、王都警吏騎士団総括団長のカルロス・ガローだ。
漆黒の騎士服に身を包んだ美貌の騎士団長に、通りがかりのメイドたちが挨拶をしながら頬を赤く染めている。
カルロスは、ラエルの姿を認めると数歩手前で立ち止まり、軽く礼を取った。
彼には今朝も会っているため、特に話す理由はなかったのだが。
「カルロス。国王の話はもう済んだのか?」
気を紛らわせたかったのか、無意識に呼び止めてしまった。
「……はい」
必要最低限の受け応えをして、少しも相好を崩さぬ彼に、相変わらず感情が読めない奴だとラエルは思う。
「この先は来客用の宿坊だ。何か用事でも?」
「その質問、答える必要がありますか?」
王太子に対しても臆さず飄々とした態度を取る彼に、ラエルは愉快そうに「ふはは」と笑う。
「安定の傲岸さだな」
「ふっ、あなたご自身が
「そうか、それは良い心掛けだ。それで、この先に何をしに行くんだ?」
「ある人に会いに」
「ある人、とは?」
「今日はやたら食いつきますね」
ラエルは「ウグッ」と唇を引き結ぶ。
この先にはレティアも居るのだ。彼女のすぐ近くに、カルロスの知り合いが滞在しているというのか。
「殿下には無関係ですが、私が口説いている最中の女性です」
「無関係は余計だな」
「無関係でしょう」
「そうでもないよ。私の知り合いも滞在中なのだ」
カルロスは僅かに眉を動かしたが、
「……では、私はこれで」
軽く会釈を残しただけで、また歩を進めて行ってしまう。
「彼は《無礼》という言葉を知らないのでしょうな?」
皮肉を込めたゲオルクの呟きに、ラエルはふっと息を吐いた。
「へぇ」とか「そうですか」とか相槌は無いのかとツッコみたくもなるが、カルロスという男は昔からこうだったと思えば腹も立たない。
「なぁ、ゲオルク。奴は『口説いている最中の女性』と言ったよな?」
「はい。私にもそう聞こえましたが」
珍しい事があるものだ、と驚いてしまう。
「本当に女性なんだろうか」
「……さあ」
カルロスのことだ、ある種の冗談かも知れない。
そんなふうに思いながら、ラエルもようやく歩を進め始めたのだった。