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厳重な身体チェックを受けたあと、レティアたちは『薔薇宮殿』にある一室に通された。
広々とした部屋には大きな姿見が二つあり、豪奢な造りの肘掛け椅子が一つとローテーブルが置かれている。ここはドレスなどを仕立てる際の試着部屋なのだろう。あとはがらんどうで何もない状態だった。
専用の馬車に積んできた衣装、レースやビーズなどのマテリアル、小物、装飾品などが次々と運ばれてくるのを、他の針子たちの動きを見ながら部屋の中に設置していく。
装飾品を飾ったりマテリアルの数々を並べたり……準備を終わらせるまでに小一時間ほどかかってしまった。
──ドレスにもこんなにたくさんの
壁に沿って、トルソーに着せつけた五着のドレスが凛とした佇まいで並んでいる。
体にフィットするリネン素材のシンプルなデザインのものもあれば、大量の布地を使った豪華なフレアスカートを持つものもある。生地の素材や色も様々だ。
レティアも没落令嬢となるまではそれなりの衣装を持っていたものの、王族が着るものは別格なのだと思い知らされる。
「あの……シーラさん。このドレスって」
ああ、とディスプレイの最終チェックをしていたシーラが振り向いた。
「どれも飾りが付いていないでしょう? アーナス様がいらしてから、私たちが細かい意匠をご提案するの。お客様のお好みに合わせた世界に二つとないものを作るのが、私たち《ソワイエール》の仕事なのよ」
シーラは得意げに言う。
ソワイエールとは、特に王族や貴族のために仕立てを行う、高い技術と美的感覚を認められた者たちにのみ与えられる称号のようなものだ。
「そのリネンのが『コテニコル』、そっちが『ケンプル』。舞踏会用の『フーケリ』と『ローブ・デ・コート』が二着、全部で五着をご所望なさっているわ。ドレスの型の種類は他にもあるんだけど、折々覚えてくれればいいからね」
布で縫製されただけのシンプルなドレスだが、これら五着に刺繍やビーズをふんだんに施していくと思えば、いかに繊細で大掛かりな手仕事なのかが想像できた。
──着る人をより美しく魅せられるような、素敵なドレスになればいいわね。
実に数年ぶりに、心がときめいているのを感じていた。
沸き立つような高揚感に包まれているのが自分でもわかる。
この部屋に入るまでにも王宮の煌びやかさに感嘆したし、これらの衣装に身を包んだ美しい王女が王太子と舞踏会で踊る姿を想像すれば、胸が高鳴った。
王女の身を包むその衣装を、自分たちが作るというのだ。
──なんて素晴らしいお仕事なの……!
心を躍らせていると、開け放たれた双扉の向こうがにわかに騒がしくなった。
「いらしたわ。みんな背筋を伸ばして堂々と。レティアもね」
背中に緊張が走る。王族を間近で見るのは初めてだ。
「だか……言った…………れは……のよ…………らっ!」
コマドリの囀りに似た、若い女性の愛らしい声がだんだんと近づいてくる。
どこか苛立っているような、怒っているような声色だった。
シーラが針子たちに目配せをする──ご機嫌が悪いわ、という小さな声を添えて。
レティアは他の針子たちに緊張の色が一気に広がるのを見た。
コマドリの声はだんだん大きくなる。
そしてとうとう、はっきりと聞こえるまでになった。
「いいわ、遅れてでも殿下はいらっしゃるでしょう。あれほどに強く言いつけておいたのに、何もかもラエル殿下のあの老害執事が役立たずで愚鈍なせいよ……!」
真紅の薔薇を連想させる豪華なドレスが視界を彩る。彼女の動きに合わせてドレスの裾が優雅に波打った。
たっぷりとした長い黒灰色の髪を巻き上げ、ハーフアップに結えた美貌の女性が数人の侍女を連れて厳かに入室してくる。
──あれがアーナス姫様……。
王太子妃候補なだけあって、想像以上にお美しい方。
輪郭のはっきりした華やかな
「あなたたち、いつまでそこに突っ立っているつもり?! 人形じゃないんだから、さっさと動いて提案を始めなさい!」
ピシャリと放たれ、周囲の空気が張り詰める。
針子たちは慌ててマテリアルや装飾品を見繕い始めたが、慣れないレティアはおどおどするばかりだ。
「すみません、私は何を……?」
シーラの背中を追えば、
「それじゃ、一緒に運んでくれる? アーナス様にドレスの全体を見ていただける位置に置きたいの」
『ローブ・デ・コート』が着せつけられたトルソーを二人がかりで運びながら、気持ちはそぞろだった。
──シーラさんが仰っていた《大変》というのは、アーナス様の
思いがけない暁光につい興奮してしまう。
王宮に入れたうえ、王族たちと
なのに、一国の王太子にまで会える可能性が出てきたのだ。