「おいロッテ、そんな怒るなよ、だいたいけが人ったって、そのためにこいつが待機してるんだろーに」
「マスターっ」
きっ、とあたしはマスターの方を向く。おっ、と彼はのけぞった。
「止めようとしたことは、無いのっ?」
「だから俺はそれなりに関係が」
「それで死人が出るのはいいっての?」
「ルイーゼロッテ」
ぴしゃ、とドクトルの声が降りかかる。
「この先、見たくないなら、さっさとハルシャー市に帰りなさい」
有無を言わせぬ響き。
「巻き込まれることに対して覚悟ができているというなら、そういうものを見るというのも覚悟の上だろう?」
「それはそう…… だけど」
「どれだけ君にとって馬鹿馬鹿しくても、それはそれで、ここの現実だ」
「おいK、その言い方は」
「事実だろう?」
う、とマスターは眉を寄せて、口ごもる。
「この町に居るのは、その馬鹿馬鹿しさを日常と割り切れる奴だけだ。君がそれができないなら、この医院やカフェの前の店主の様に、出て行く方がいい」
頭がぐらり、とした。
―――だから、それを打ち消そうと。
だん!
あたしは木の床を強く踏みしめた。
「おい、ロッテ……」
だんだんだんだんだん!
「地団駄踏んでも状況は変わらない」
「知ってるわよ!」
だんだんだん! だけど、止まらないのだ。
「それに、ルイーゼロッテ、君のことに関しては、話をつけてある」
ぴた。
足が止まる。
「どういう…… こと? ドクトル」
「言葉の通りだ。君の居た学校の方には、こちらから連絡をしてある。一時的に預かっていると」
「……言ったの!?」
「君が居たのは、政府の学校だろう?」
はっ、とあたしはあるひとの顔を思い出した。確か―――確か、あのひとは。
―――……本物?
本物だよ、ありゃ。だって俺、前TVで顔見たぜ。
……そうそう! あの新年番組ん時も……
あ、俺も見たぜ? 確かにそうだ……
でもそれが何だって……―――
それは、いつのTVだったろう。
それは、何の時だったろう。
TVで「彼」の顔が流されることは実はそう無い。だから「彼」の姿を見たというのは。
「あのひとは―――あの長官は、確か……」
「遅い」
ドクトルは短く、だけど鋭く言った。
「新しい科学技術庁長官が、クーデター側から出た、という情報くらい、君は知っていたと思っていたよ、ルイーゼロッテ」
知らなかった訳じゃ、ない。……情報と情報をつなげることができなかっただけだ。
でも結果は同じだ。あの科学技術庁長官と、このひと達が同じ側の人間である、ということに…… どうして気がつかなかったんだろう。
あの時、リストを全部記憶しておけば。
その中にきっと、「ゼフ・フアルト教授」の名もあっただろう。写真入りでしっかりと。
ぱんぱん、と外で音がし始める。
「……ああ、始まったな」
ドクトルはふらり、と窓の外を見る。確かにあちこちで、何かが弾けている。
この医院の窓から見えるのは、柵向こうの道の空き地。その向こうには鉄道。空き地の横には何ってことない普通の家。やっぱり「警報」を知らされているのか、窓も扉もぴったりと閉ざしている。
その柵の一本が突然折れた。ぞく。
それまで、TVのモニター越しにしか見たことの無いものが、いきなり現実に迫ってくる様な気がした。ぴし、とこの医院の周りを囲んでいる木の枝にも当たったみたいだ。
「奴は君に興味を持ったんだ」
「……奴って…… 長官のこと?」
「そう。ゼフ・フアルト教授。我々の中で最も今度の政府で出世した奴かな」
「出世って言うより、あいつは御指名だったろ?」
「それでも出世には違いない。当人はどう思おうとな。―――そして奴自身、その地位を楽しんでいる。それも事実だ。政府のため、そして自分自身のため」
あの長官が。見かけはともかく、ひどく子供じみたところがある、あのひとが。
「さてそこで、だ。何で奴が君の学校にわざわざ君をスカウトに来たか判るか?」
「あたしが有能だったから、……だけじゃないんでしょ?」
「そう。有能は有能だ。ただし、物騒な有能だ、ということもある」
あたしはうなづく。否定できない。
「当初、君をスカウトする予定だったのは、確かにキルデフォーン財団だったんだ。ところがそのデータに誰かが不正アクセスしていることが判った」
ち、とあたしは舌打ちをした。
「それがヘライ女史ということは、すぐに判った。今後直接のアクセスに関しては禁止された。当の本人はどうでも良さそうだった、ということだが」
「……で、あたしが割り出された?」
しかめっ面であたしはドクトルを見返す。
「いや」
彼は腕を組み、首を横に振った。
「そこまでは、ただの『不埒者の学生』のやったことだ、と情報管理の連中もいつもの通りに処理するつもりだったらしい」
「いつもの通りって」
「簡単なことだ。気が付かなかったか? ヘライにはそのパスワードを使用することを制限し、その上で次に使う者を割り出して逮捕すればいいだけのことだ」
……それは予測した。だからこそ、なるべく特定されない様な場所でアクセスし、プリントアウトしたはずだった。
「君のやったことは、ある程度有効だ。ただ、図書館のカメラの解像度に関しては読み間違ったな」
「……そう」
ふう、とあたしは目を閉じて、思い切り深呼吸した。
「我々の資料にアクセスした者は、基本的にマークされる」
「それの何処が悪いの?」
あたしは反撃に出た。
「だってそうじゃない! 『尋ね人の時間』、ああいう番組だってあって、政治犯のひとで、記憶消されたひとってのは、身元確かめたいってひとも多いんでしょ?」
「ねえロッテ、逆もまた、多いんだよ。しかも、中には、調べられては未だに困る奴も、多いんだ」
「マスター……」
心臓が跳ねた。
マスターの表情は、今まで見たことの無いものだったのだ。重い―――
いや、違う。疲れている―――様に、見えた。
「……ともかく、それで探り当てた今度の『不埒な学生』が、十二、三の少女だったことに、さすがの情報管理局の方も焦って、一日がかりで君のプロフィルを調べあげたって訳だ」
「あたしの―――プロフィル」
「それは、ここにある」
あ、とあたしは声をあげた。それは最近良く来ていた「ジオ」という人からの手紙だった。ずいぶんと大きいと思っていたら、……資料が入っていたのか。何ってアナログな方法。
「案外この方法は穴でね」
ドクトルは封筒の中身をざっ、と引き出す。
「あのねロッテ。何かしらの端末を使った通信だと、そうやって君の様な『不埒な学生』あたりに聞き取られてしまうこともある訳だ。だがただの郵便には案外皆油断するんだ」
マスターは苦笑しながら説明する。そうですか。確かにそうですよ。あたしは何も知らずに、あたしに関する資料を「はい郵便」とばかりにあなた方に渡していた訳ですから。
「そしてそのプロフィルを見て、我らが仲間の科学技術庁長官は、驚いて楽しがって、なおかつこんな面白いものを、キルデフォーン財団なんかに取られてはたまらん、と思った訳さ」
「……あたしは面白いもの、って訳ね?」
そう言えば、あの時もバケモノ呼ばわりしたな。
―――でもバケモノ結構。才能は生かすべき。才能を殺すのは、罪悪に等しいさ。
彼はそう言った。そして、こうも。
―――ただ惜しむらくは、その才能の使い方をよぉく知らないことだよね。
なるほど、このことを言ってたのか。もうこっちは知ってるんだ、と。
さすがに内容をそのまま言うのははばかったけど、あたしがその位のアタマがあるなら、こっちの意図を読みとってみろ、と。
「でももう三ヶ月経ってるわ。いい加減、あたしは退学にでも何でもなっていて、おかしくないはずよ」
「それは止まってる」
「つまりねロッテ。……君がここに来てから、すぐに俺達は仲間に連絡取ってしまってたんだよ」
「……嘘……」
「だけど嘘というなら、君もそうじゃないか?」
ドクトルは出した資料をぱらぱらとめくる。はっ、とあたしはその意味を察した。
「……止めて」
「君の本名はルイーゼロッテ・ケルデン。……現・本籍地、マジュット県ハルシャー市。ただし……」
「止めてってたらーっ!」
あたしは耳を塞ぐ。
「いいわよ、出てくわよ! ここから、出てく!」
だから、だから、その先を、言わないで!
少なくとも、あなたの、口から!
あたしはそのまま、扉の方へと駆けだした。
「おいロッテ!」
マスターの声が背中から追いかけて来る。追わないで欲しい。
ばたん。
扉を開けて、大きな音をさせて閉じる。マスターはその扉から身体半分出して、とびきりの大声で叫んでいる。凄い声。もの凄いヴォリューム。
「おい今の状態が判ってんのかお前! ロッテ! ルイーゼロッテ!」
今の状態? 何だっけ。ええと。
メインストリートに、一歩、足を踏み出した時だった。
「う」
背中を、ひどい力で、どつかれて。
前のめりに、倒れて。
ああやだ、鼻でもぶつけたらどうすんの。これ以上馬鹿にされるとこがあったら。綺麗だったママに似てないって言われるとこが増えたら。
だって。だってあたしは。
「双方停止ーっ!! 中断ーっ!!!」
強い力で、あたしは自分の身体が持ち上げられているのが判る。びんびんに響くマスターの声。
「馬鹿やろう!!」
ねえ、それが最後なんて、嫌な言葉じゃない?