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6.-②


「顔色、良くないな」


 久しぶりに会った一つ年上の友人は、彼に言った。そうかな、とテルミンは問い返す。


「そうだよ。何か無理してるんじゃないか? よく食って、よく寝てる?」


 そう言って、ケンネルはフォークにゆでたソーセージを差す。ぷつ、といい音が耳に飛び込む。


「俺さあ、このソーセージの、口に入れた時、汁がきゅーっとにじみ出てくるのがすげえ好き」

「うん俺も。何かすごい久しぶりって感じがするな」

「何言ってんの、いい食事はしてるんでしょ?」

「食事はね。よくあのひとがつきあえって言うから」


 実際そうだった。昼の食事はここのところずっと、テルミンはヘラに付き合わされていた。メニューはだから、良いものである。ヘラは同じものを食え、と強要する。味はいい。だがだからと言って、気持ちよく食べられるかと言えば、話は別である。


「何か味なんか判らなくなるよ」

「何、それ、その綺麗な人前にしちゃ、ってこと?」

「そうじゃなくてさ……」


 テルミンは言葉を濁した。そうではないのだ。


「何か歯切れ悪いなあ。ま、疲れてるんだよきっと。ちゃんと寝ろよ?」


 うん、とテルミンはうなづき、微かな苦笑を浮かべる。とりあえず疲れている暇は無いのだ。


「ところで最近、先輩仕事どう?」


 話の矛先を変えてみる。


「仕事? うーん…… まあまあだね」

「まあまあ? 合わないの?」

「んにゃ、ちょっと俺の専門からはずれるんだけどさ、それはそれで楽しいと思うのよ」

「先輩の専門って何だっけ」


 そう言えば、とテルミンは訊ねる。以前にちゃんと聞いた様な気はするのだが。


「何、忘れたの? お前薄情だなあ…… 俺の専門って、エネルギー工学じゃん」

「エネルギー工学?」

「いつだって何処だって、生活のための発電やら動力やらのエネルギーは必要だし、それを如何にしてローコストでしかも環境破壊は最低限にしてやるか、っていうのが俺の学校ん時の専門だったじゃない」

「そうだっけ…… 何か先輩って、士官学校の時は、生物学教室やら物理学教室に入り浸っていたって印象が」

「それは趣味」

「趣味?」


 テルミンは言葉の端を露骨に上げた。


「そう趣味。あいにく俺優秀なんで、色んなこと好きで手ぇ出してるの」

「……自分で優秀って言う……? 先輩」

「じゃお前違うって言える?」

「……言えないけど」


 確かにそうなのだ。他の部分はともかく、この一年上の友人は、とにかく理系と名がつくもの全てに精通していたと言ってもいい。


「俺はカンがいいの。こうゆう分野に関して。だから、基本を昔これでもかと叩き込んだ時に、応用の効かせかたってのがぴんと来ちまったんだ」

「だけどエネルギー工学と物理学と生物学の接点が俺には判らないよ……」

「それを言うなら、テルミン、お前の趣味だって俺には判らないって」

「俺が一体何なの」

「いやまあ、だから、俺は文学ってのはさっぱり判らないし、おまけに社会学ってのもさっぱり判らないんだよ」

「ああ…… そういうこと。ま、でもこれだって応用だし」

「でも曖昧さが多いだろ?」


 ケンネルはフォークを目の前に立てる。


「俺は俺の分野に関しては、どんなジャンルにしても、何処までを機械の手に任せていいのか知ってる。俺の選択肢はそう多い訳じゃあない」


 もっともそのレベルに至るのは、そういない筈なのだが、とテルミンは思うが黙っている。


「それに俺は、そんな俺の研究で得たものを、現実にどう扱っていいのか、正直言ってさっぱり判らない」

「そう?」

「そう。俺は研究の過程が好きで、そこで起きる色んなことが好きで、結果は結果に過ぎないの。だからその結果をどう使われようと知ったことじゃない訳よ。それは俺の考えることじゃないの。たださあ」

「ただ?」

「軍隊に属していて何だけど、あまり兵器にされるのは好きじゃないね、と思うよ」

「確かに軍人らしくはないね」


 テルミンは素直にうなづいた。そしてそう考えるケンネルがひどく不思議に思われた。


「それで、忙しかったの?」

「それもあり。ちょっと最近ややこしい研究を依頼されてさ」

「ややこしい研究?」


 すっ、とケンネルはナプキンを一枚抜くと、ポケットのペンでその上にさらさらと二行の単語の連なりを書いた。ああ、とテルミンはうなづいた。


「……それは結構大変だね。どっちのテーマも。で先輩どっちに関わってるの?」

「どっちにも一応今、足突っ込んでる」

「そういうこと、できるんだ」

「だから俺は優秀だって言ったでしょ? ……とにかく、何でか知らないけど、一つ目のほうは、昔から挑戦する者は居たのに、ことごとく失敗している。だから皆、そんなややこしいことをするよりは、メカニクルの方に手を出したがる。その方が、とりあえず対応も早いし、利益も出せる」

「民間だったらそうだよね」

「民間でなくたってそうじゃないかなあ?」

「まあね。メカニクルより生身の人間のほうが、トータルコストとしてはかかる。何かあったら補償が要る。補償が必要でない境遇の者であったとしても、現在では帝都人権保護法がある」


 テルミンはそう言いながら苦笑する。彼は帝都政府が前身の軍時代に行ってきたことを歴史から学んでいた。人権保護法とは笑わせる、と思っていた。


「ま、とにかくそれなのに、だ。ちゃんと、使えるものを作れる様に、という。それが一つ。そう一つの方は、それこそ、俺には判らない分野の話が絡んでる」

「と言うと?」


 ケンネルの目が真面目なものになる。


「お前、パンコンガン鉱石って知ってる?」


 名前くらいは、とテルミンは答えた。

 ただそれは自分で得た知識ではない。スノウから聞いたものだった。この星系の特産物で、アルクには無く、ライでしか採石されないものである。少量でもいいが、決してそれを帝都へ納めることは欠かしてはならない、というものらしい。もっとも何故か、と聞いたら、それにはスノウは答えなかったが。


「つまり、あれなんだよ」

「その鉱石?」

「確かにこっちからは採石して流すけど、じゃあ何でそうするのか、こっちには判らない。判らないけどとにかくあるから、ライに送られた囚人達に採石させて、それを帝都へ送っている。現在はそれだけだ。だけど帝都がそれを必要とするなら、それは何らかの意味があるはずなんだ」

「だからそれを?」


 ケンネルはうなづいた。そして付け加える。


「だけどそれ以上のことは、俺の考える範疇じゃない」


 なるほど、とテルミンは思った。ケンネルは判らない訳ではないのだ。関わりたくないのだろう、と彼は気付いた。


「ああ、そんな話してるから料理が冷めてしまったじゃないかっ!」


 ケンネルは不意に声を高める。その話は終わりだ、という合図だった。そうだな、と彼もまた思う。食事を美味しく摂れる時には、摂っておかなくてはならないのだ。


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