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5.RAY825.08/夏年、発掘場で~突破口~奇襲に成功せり-①

 その年の流刑惑星ライは、「夏年」だった。


 この惑星ライは、恒星からの距離がアルクより遠いだけでなく、速度も遅い。もっとも、アルクにしたところで、公転速度は基準時間とは違うのだから、星間共通歴の一年の中で移り変わる季節など、年毎に変わるのだが。

 何はともあれ、共通歴825年の8月は、ライにおいて何年ぶりかの「夏」の訪れだった。


「運がいいさ、俺達は」


 ヘッドは帽子を外し、その短く刈り込んだ頭を遠い恒星光にさらした。


「どのくらいこの時期は続くんだ?」


 車のハンドルを握りながら、BPは訊ねた。窓を開けて走っても、凍えることの無い季節というのは何て素敵なものなのだろう。

 気温は氷点を前後する程度だった。普段が普段だけに、アルクの温帯地方では皆背中を丸めて家路につくこの気温も、この惑星では「夏」である。いつもの耐寒服では汗をかきかねない。これが夏と言わずして何と言おう。

 彼らは車の固いクッションの下の感触がいつもと違い、尻にごつごつとしたものが当たるのを感じる。雪が解けているところもあるのだ。そんな場所には、白茶けた大地が広がり、ほんのわずかだか、緑色のコケや、もっと運がいい時には、ほっそりとした若芽が見られることもある。


「けどさすがにこういう時にはお前の運転がいいな」

「それで俺に手を挙げさせたんだろ? ヘッド」

「ああ。やっぱり俺は軍用自動車はどうしても手になじまん」


 ヘッドはにっと笑って、組んだ足の上に肘を置く。何度目かの番が巡ってきて、彼らはまたパンコンガン鉱石の採取にと出ていた。


「俺が軍人だったって証拠は無いぞ」

「だけどお前以外にこの車が身体に馴染んでいる奴はいないぜ? しかも、最初から痩せてるくせにひどく腕が立つし。何よりまず、お前姿勢がいいからな」

「馬鹿言え」

「確かに普段は結構ふにゃふにゃしているがさ。いざという時だよ。いざという時」


 そんなものだろうか、と彼は思う。自分でそんなこと考えたこともない。

 こうなってしまうと、BPは次の話題を無くす。軍人だったということは、つまりはあの看守達と似た様なものだったのか。それに、軍人が政治犯になることは滅多にない。軍人は政治に手を出さないから軍人なのだ。少なくとも「知識」における彼の故郷は、文民統治の原則があったはずだ。


 ……いや、一つだけ政治犯になる方法があった。


「お前の相棒、拗ねてなかったか?」

「拗ねてた拗ねてた。こうやって唇突き出してさ」


 そしてしばし笑い合う。だがやがてそれは止まる。馬鹿話をするために彼らはこの時間を確保している訳ではなかった。


「……で?」


 BPは車を止めた。移動する反応は、今回もまた、そう遠い場所ではなかった。前に見たことのあるパンコンガン鉱石は、黄白色の、決して大きくはないかたまりだった。

 手に乗せた時、彼はそれがひどく重い、と感じた。何故だか判らない。ただ、手の上で、それはひどくずっしりと重たかったのだ。


「……あそこだな」


 雪に埋もれた小高い丘を、車の中の探知機は示していた。その丘は横から見ると、まるで何かに切り取られたかの用に、雪も解け、まっすぐな岩肌を見せている。


「あれか」


 ヘッドは車から降りると、後部座席から採石の道具を取り出す。


「それでやるのか?」


 BPは訊ねた。いつも手にするドリルだった。


「仕方ないじゃないか。これしかない」

「だけど、雪が心配だ」


 彼は忠告する。丘の上に溜まった雪が、その音と振動で雪崩おちてくる可能性は高い。


「急いでやるしかなかろうな。そうそう次の地点を探す余裕は俺達には無い」


 それはそうだ、と彼は思う。そして、そこが決して斜面でないことを確認し、自分の道具をも取り出す。雪が落ちて来たらどの方向に逃げるのが安全なのか。無意識に彼は確かめていた。

 そんな彼の動作を見ながら、ヘッドはバッテリにつないだドリルのスイッチを入れる。びぃ…… と回転する音が、彼の耳に響く。


「俺達はラッキーだ。ちゃんと今回はお姫様は顔をさらしているしな」


 そうだな、と言いながら彼もまた、バッテリに自分の道具をつないだ。そしてふちの欠けたゴーグルをつける。誰のものというものではないそれは、何度かこの様に岸壁面にある鉱石を取る際に使用され、採石をする彼らの目を守ってきた。

 がりがりとぎりぎりを混ぜた、脳天の中央までかきむしる様な音が広がる。静かに眠る様な雪は、音を吸い取ってしまうのだろうか、と彼は普段の凍った雪とは違うそれに、ふとそんなことを考える。

 だがその一方で、そんな柔らかくなった雪の恐ろしさが、100グラムという微量を取るための穴をまだ凍った岩肌に明けようとドリルを食い込ませるごとに迫ってくる。早く。早くしなくては。だが焦るとドリルの刃が欠ける羽目になる。相棒がいつも隠し持っている、欠けた刃。


「大丈夫だから、落ち着けよ」

「あんたがそう言うと、そういう風に感じるから変だな」


 ふう、とまず外ではかかない汗を、彼は額に感じる。だがそれが凍ってはたまらないから、それはすぐに袖で拭われた。


「別に俺だって怖くない訳じゃないさ」

「だがあんたはいつも落ち着いて見える。そういうとこが、あんたはヘッドなんだよな」

「落ち着いてる訳じゃあないさ。臆病なんだよ」

「そうは見えないが」

「俺はただ、生き残りたいと思っているだけだ。なるべく高い確率で」


 同じことを相棒が言っていたことを、彼は思い出す。ただ、言う人間が違うだけで、印象はずいぶんと変わって見える。

 いや違う。それだけではない。彼の目には、少なくともこの男の目的は、リタリットの生き延びる目的とは違う様に思われた。

 そんな彼の考えとは無関係に、言葉はドリルの音に負けじと大声を張り上げる二人の間を何度か往復する。やがて100グラムを取るだけに充分な程の穴が空き、彼らはその更に奥へとドリルを突き刺した。きゅい、と音が響き、両側から、少し斜めに向かう刃先が、お互いの刃先がぶつかる瞬間を待つ。鉱石からあふれる白い粉が、穴の周りに舞い飛ぶ。

 お、と相手の声が聞こえたので、彼はドリルのスイッチを切った。手応えは彼にもあった。ここで止めないと、またドリルの刃が欠ける。


「そろそろいいかな」


 そう言いながら、ヘッドは手を掘り出した鉱石にと伸ばす。手の中にすっぽりと入ってしまうくらいの、黄白色の、美しい石だった。


「……っ、と」


 く、とヘッドはその握った手をひねった。途端、ほんの僅かな部分で大地とつながっていた鉱石がぽきん、と小さな音を立てた。


「…… え……」


 耳の中が震えた。

 あんなにドリルのやかましい音を立てていたのに、と彼は嫌な予感が背中を一気に走り抜けるのを感じる。ご…… という音が、耳の中に飛び込む。彼は辺りを見回す。あれは。


「ヘッド!」


 彼は手を伸ばした。そしてヘッドの、鉱石を持った方の手を思い切り掴んで、引っ張った。

 次の瞬間、丘の上の雪が、一気に彼らの頭上に落ちてきた。



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