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3.-④


 死んだ数名は、BPも時々作業場で見る顔だった。

 片づけておけ、と言われて、彼もその「処理」に当てられた時、その顔を確認することができた。

 別段話をしてきた訳ではない。だが昨日まで元気に同じ場所で動き回っていた者が、目の前でただの物体になっているという感触は、彼にとってひどく重かった。その運ぶ身体が、生きている時のものより重く感じられたからかもしれない。

 衣服をはぎ取って、焼却炉に放り込む様に命じられた時、彼はひどく自分の中で熱感をもってこみ上げるものがあるのを感じた。だが彼はこらえた。明日は我が身、という意味のヘッドの言葉を口の中で繰り返す。

 凍り付いた遺体は、普通の病死した遺体より処理に時間がかかるという。処理の終わるのをぼうっと待っている訳にはいかずに、彼は作業場に戻った。そしてドリルの振動に身体を任せている間に、蛋白質の焦げる臭いが鼻につきだした。過労が元で病死した者も時々出るが、その時より、今この場に漂っている臭いは強く感じられた。


「ひでえ顔してるぜ相棒」


 リタリットはちら、と彼の顔を見てつぶやいた。


「仕方ねえだろ、俺はああいうことは慣れてないんだ」

「オレだって嫌いだよ」

「そうだったのか?」

「そぉだよ」


 その割にはその顔はいつも通りに実にあっさりとしたものだった。何となく胸の中で、もやもやしたものがぐるぐると止まらずに動いているのにBPは気付く。


「お前は平気なのかよ?」

「平気なワケねーだろ」

「平気な面してるじゃないか」

「オレの顔に何か文句あるの?」


 リタリットはそれでもあっさりと言葉を返した。そして手にしていたドリルをガッ、と凍った地面に突き立てた。


「オレに当たるなよBP」

「当たってなんか…… 」

「ドコが」


 ガリガリガリ、と強烈な音が響きわたる。明らかにリタリットは掘り進めるべきところを外しているのだ。そのひどく耳障りな音を、何度か出しながら作業を続けると、またぴん! と金属の跳ね上がる音がした。


「……あーあ、またやっちまった」


 リタリットはそう言いながら、曲がった刃をポケットに入れる。ふとその行動にBPは疑問を持った。


「お前……」

「何」


 器用な手つきで新しい刃を出すと、リタリットはそれを口にくわえ、上目づかいで彼の方を見た。そう言えば、この相棒がこんな曲がった刃を専用の捨て場に捨てている所を見たことが無い。

 ビッグアイズがいつの間にかがらくたに見える中から、鋭いナイフを手にしていた様に、そんな錬金術がこの相棒の手の中でも行われているのだろうか、と彼は思い付く。

 だがここで言う訳にはいかない。ここは見張られているのだ。


「リタ、お前さ」

「何? さっきからオマエ変じゃね?」


 へにゃん、と帽子に半ば隠れた様になっている目が笑う。それを見てBPはふと肩が軽くなった様な感触を覚えた。何だろう、と彼は思う。


「変かな」

「変だよ。そぉゆう顔は、ムヤミに人に見せるんじゃないのよ」


 そして今度は何度か様子を探りながらドリルを大地に突き入れた。その音に紛れて、リタリットは何気ない口調で続けた。彼もまた、作業を再開した。止まって喋っているだけの余裕は、自分にも、相手にも無いのだ。


「そういえば」

「何だよ」

「この惑星には、居ないんだな。女と……」


 つ、とリタリットは顔を上げ、ついでの様に両方の眉も上げた。


「何だオマエも、女抱きたいんかよ」

「や、そういう訳じゃなくて」

「そういう訳じゃなくて? ちっと考えりゃ判るだろ馬鹿」

「そう馬鹿馬鹿言うなよ」

「こんな環境のとこに、女と子供とじーさん連れてきてどうするよ」


 あ、とBPは思わず声を立てていた。


「同じ政治犯だったら、女は記憶を消すよりは操作して別のトコに使った方がいいだろ。ガキはともかく、じーさん達も昔は居たらしーよ」

「昔は?」

「だから頭使えよ馬鹿。こんなトコに来て、長く生きていけるわきゃないだろ」


 それはそうだ、と思う。


「昔はあの棟全部が埋まってたらしいよ。けど今は殆どがカラだ。みんな逝っちまった」


 鼻に、蛋白質の焦げる臭いがつく。


「来る奴も年々減ってる。連中はそれでも採掘量をゼロにはできんから、オレ達を殺さない様に飼ってる。飼ってるつもりなんだぜ? けっ。生かさず殺さず、かよ」


 そしてその中で、脱走をはかれば、問答無用であの寒い夜明けに縛り付けられる。


「オレは、そぉゆう連中の思い通りになるのはすげえ嫌だけどさ、死ぬのはもっと嫌だ。オレは生き抜いてやるさ。何がなんでも」


 その言葉を聞いて、ふと彼は、自分の顔がゆるむのを感じた。リタリットはそれを見ると、細い眉をきゅ、と寄せた。


「……何だよ」

「いや、珍しく意見が一致したな、と思って」

「とぉぜんだろ。オレの言うことが間違ってたことがあるか?」


 それには苦笑いだけ返したら、相棒は、彼に向かってこう言った。


「暖かいトコに出られたら、一発やろうなー」

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