父と母が勇者に頼み込み、ミューラをこの屋敷から連れ出すことを条件に、通報はなくなった。
フウ……。
とりあえず、私に謝れって言ってくる父母。それはいい。それは当たり前だ。
だけど、ミューラに粗相がないようにするんだぞ、とかいう父おかしい。
思わず背後から、蹴りいれた。
「え、えれな!?」
「ミューラが粗相なんてするわけないでしょう。お父様、いい加減、目をさまされたら? お母様も。ミューラはあなた達の本当の子でしょう!?」
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ミューラがハッとした瞳でこっちを見る。
勇者とその仲間と使用人たちは、あんぐりした顔でこっち見てる。
ふと、オレンジ頭のアイツだけが口元抑えて笑い堪えてるのが見えた。
くっそ! アイツ、うぜえ!
「いや、しかし。……そう、なんだが」
「お父様もお母様も。この際だからミューラに謝って! そして自分の子どもだってはっきり認めなさいよ、ちゃんと似てるし。おまけに魔力だって持ってる。私なんかよりずっと自慢できる娘よ!」
「でも、エレナ。私達には強い絆があって」
「私達の絆は関係ないわよ。むしろその絆にミューラを今まで入れてこなかったあなた達は罪深いわ」
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そしてミューラが口元を抑え、涙を流して私を見ている。……ミューラ?
だめだ、その性格! 電話で振り込めって言われたらコロッと騙されて振り込んじゃう性格だ!
今は助かるけど!!
◆
その後、私は庭で休憩してた。
疲れた。
しかし、問題はまだある。
恐らく私はこのあと妊娠する。
そうなると、一番厄介なのがバートン問題だ。
バートンの損害賠償がきっかけで、ハミルトン男爵家が潰れたのだ。
もとを正せば、私が全部悪いんですけど。
バートンもごめんな!!
「逃げるか……まずは金目の物をかき集めて準備を……(ブツブツ)」
私が行方をくらまして婚約が無効になれば、損害賠償が発生しようとも、以前のような破格な賠償額にはならないだろう。
というか、選択肢はそれしか思いつかない。
「なんで逃げたいのか知らないが、口から計画漏れてるぞ」
「ああ!? びっくりした!!」
振り向くと、勇者の仲間のオレンジ頭がベンチの背後に立っていた。
「よう、今朝ぶり。話聞いたけど、心入れ替えたんだって? 嘘くさいが」
「嘘のようで本当の話なのだ。 ところでなんの用?」
「いや? 姿が見えたからなんとなく声をかけようかと思っただけだ」
「用がないなら、どっか行って下さい」
「つれないな。昨晩はとっても仲良くしてくれたのに」
「うぜえ(しっしっ)」
「口悪!? ……ところで逃げたいなら手伝ってやろうか?」
「それ、ジークさまを裏切ってない?」
「裏切りかもなあ。でも、オレ、お前が気に入っちまったんだよな」
「は? ……あ、さては、仲よくするフリして、連れ出して私を殺害……」
「オレはアイツを親友と思ってるが、今は殺人のリスク負うほどの事態じゃねえよ!?」
結局、ダラダラと話をする羽目になった。
なんだかんだ話が切れなくてウザい。
「ふーん、あなたは、パーティで狙撃も担当してると。目が良いのかしら」
「おう。今んとこ、あんまり外したことはないぜ。高い命中率だ。褒めていいぜ」
「……高い、命中率……」
私はふと、げんなりして、下腹部を抑えた。
「なんだ。腹でも痛いのか?」
「……なんでもない」
くそっ!! せめてこいつとあんな事になる前に巻き戻って欲しかったわ!!
「それじゃ、そろそろ失礼するわ」
私は立ち上がった。
とりあえず、逃げる計画を聞かれてしまったし、誰かに話されても困る。
そういえばコイツラも王都へ行くんだっけ。
私も王都に逃げようと思ってるのよね。
どっかで住み込みバイトでも探したい。
「あ、おい。間違っても1人で王都まで行こうとか思うなよ」
ぎく。
「なんてわかりやすい表情なんだ。……おまえみたいなの、1人でうろついてたら、すぐに誘拐されるぞ」
「う……!?」
「悪いこと言わんから、どうしても行くなら、オレに相談しろよ」
「わかった……」
とりあえず私はそう言ってその場を離れた。
だが頼るつもりはない。
いや、無理だって。
勇者の仲間のあんたに私が頼るなんておかしいでしょうに。
◆
「――ミッション完了」
私はその夜に体調が悪いといって人払いし、金目のものをトランクにつめて、夜の間に馬車に隠した。
オレンジ頭――セベロに話してしまったしね。
あいつらは、まだ男爵家を出るのは先だろう。
ミューラの治療があるから。
あーあ。
妊娠の件がなければ、ここにいても良かったんだけどなぁ。
ま、しょうがないね。
そして、私は次の日、買い物に行くと言う名目で街に出かけて、そのまま予定通り、行方をくらました。
あいつが、私みたいなのはすぐ攫われるって言ってたのを一応気にして、黒髪のウイッグを被って、中古屋で小汚い服を買い、貧乏そうな少年を装い、王都へと向かった。
しかし、結局私は、王都に住むと、ミューラ達に出会ってしまうかも?、と思い、途中下車し、王都ほどではないが、そこそこ大きな街を見つけ、住まうことにした。