しばらくすると、鞭は止まった。
「はあ……はあ……良い格好ね」
ミューラのお仕着せはところどころ敗れ、血が滲んでいる。
エレナは鞭を床に放った。
「ちょっと、あなた。ジーク様にエレナが婚約者としてふさわしい、って言いなさいよ。あの男ちっとも私の話を聞きもしない……」
口を効くのもやっとだったミューラだが、ジークのことを言われて反応する。
「どうして……どうして、会ったばかりで本当に好きなわけでもないでしょう……? ――それは出来ないわ」
どんな暴力を振るわれても、例え殺されても。
エドガーのことだけは、黙っていられなかった。
「高位貴族になる予定の彼は欲しくて当然でしょ。更に、あなたのモノだってわかってから、ますます欲しくなったわ。――私はあなたから全部奪って本物になるの」
「彼は誰のモノでもないわ。そんなことして、彼を手に入れたってあなたが思っている本物にはなれやしないわ。それに、たとえ私が勧めたとしても、あなたみたいな人、エドガーが好きになるはずがない!!」
「……言ったわね……!! おとなしく従順にしながら、やっぱり私のことを蔑んでいたんじゃない!!」
「――当たり前でしょう。あんなに愛してくださってるバートン様だっていらっしゃるのに! お父様もお母様もあなたのことだけ愛しているのに! あなたはその愛情を裏切っているのよ! このままだと、その愛も失うわよ……! エレナとはこの家の娘のこと。私はミューラ。エレナなんて名前いらない。私にこだわるのはやめて。あなたが――エレナなんだから!!」
「あああああ!! もう!!」
エレナは倒れているミューラの首を両手で掴んだ。
「……あ!?」
「あなた目障りよ! ああそうよ、あなたがいる限り、いつまでたっても私はこの家の本物の娘になれた気がしない! もう死んじゃえばいいのに!! そうよ!! 奪うよりも――あなたが死ねば完璧なのよ! どうして気が付かなかったのかしら!」
ティーカップより重たいものが持てなさそうな、その華奢な容姿からは想像できない力の強さで締め付けてくる。
ミューラは、
嘘でしょう……?
殺人まで厭わないの!?
「……っ」
手足を縛られた上、弱りきったミューラは、エレナに抵抗できる力が欠片も出ず、すぐに意識が朦朧としてきた。
「命含めて――」
間近に見えるエレナの顔が今まで見た中で一番凶悪な表情だった。
「――あなたのモノ、全部ちょうだい」
――走馬灯だろうか。
瞬きすると、エドガーの姿が、幻が、浮かんだ。
「(せっかく会えたのに。屋敷の中にいるのに……)」
視界が揺れ、エドガーの幻も揺れる。
目を閉じかけた時、誰かが階段を駆け下りる音が耳についた。
その足音が止まると同時に――。
「――やめろ!!!」
少し怯えたようなエレナの声。
揺れるエドガーの幻に本物のエドガーの顔が重なる。
「……っ」
ミューラはそれに目を見開いた。
エドガーは、エレナをミューラから引き剥がした。
「きゃあ!!」
引き剥がされ、強い力で床に転がされるエレナ。
エドガーは意識朦朧いしきもうろうとするミューラの傍に膝をつく。
「ミューラ……! ミュー!!」
「ジーク様、何故ここに……!」