ガエルがいなくなったあと、しばし無言でエレナと目があった。
エレナは蔑む目でミューラを睨みつけている。
「……」
「……」
「……はあ。さてと」
エレナがため息し、牢の扉を開けると、キィ、という耳障りな音がした。
ミューラはなんとか身を起こし、ベッドに腰掛けて、エレナを見上げた。
「……ここから出して」
「私に指図するんじゃないわよ。お父様にもお母様にも愛されてないクセに」
ミューラは、ふと気がついた。
――エレナと、まともに話しをしたことがない。
いつも要求され、比べられ、文句をつけられる、罵倒される。
会話をしたことが――ない。
「……前から聞きたかったのだけど、どうしてそこまで私を目の敵にするの?」
「は? 勘違いしてない? 私があなたなんか目の敵にするわけないじゃない」
「その割に――私が褒められそうになると、あなたが可哀想なことになるように話しの流れを変えるわよね。魔力をあなたのために封じるなんて馬鹿げてるって、学校の皆さんも言って――うっ」
――平手打ちをされる。
「あなたは――私より、秀でてはいけないのよ」
「……それは、なんとなくわかっていたわ。でもあなたの――思惑通り、私はあなたより色々劣っているじゃない。おかげで、私なんて、なにも力はないし目立たないしあなたの邪魔になることなんて――」
「邪魔よ!! 邪魔で仕方ないわ!! だってあなたは、ホントのこの家の子ども。本物。本物なんだから――それだけでいいじゃないの。生きているだけで、本物でいられるんだから」
「……意味がわからないわ」
「偽物の子どもの私は、本物よりも輝いて、本物を超えなくてはならないのよ――」
「……エレナ、あなたは……。ねえ、そんなことはないわ。私は私、あなたはあなたよ。本物も偽物もないわ。あなたは皆が言うように私よりも遥かに美しいし、お父様やお母様にも愛されているじゃない……」
「うるさい! 本物のあなたにわかるもんですか!! この屋敷はずっと私の家だった。両親はずっと私のモノだった。なのにある日突然、あなたが現れた!! 『本物』だって!!! そんなこと許せるはずがない!!」
――ある日、全てが
「なによ、その目は。まさか、同情!? あなたが? 私に!?」
「同情……ではないけれど……」
――そうか。
そういえば、初めてこの屋敷に連れてこられた日、彼女は私を見て『あの子はだれ?』と言っていた。
――取り違えのことを両親はエレナになにも伝えないで、いきなり私を連れてきた……。
「エレナ。あなたと私は取り違えが発覚して、子どもだったとはいえ、お互いつらい思いをした……わよね。そして私は孤児院で生活したかったのにここに連れてこられた。そしてあなたは、ここで本当の子どもでいたかったのに――養女になってしまった。自分の価値が壊れてしまったのね」
「!!」
それはエレナの図星だったのか、表情が一変する。
「でも、大丈夫。今まで気づかなくてごめんなさい。私はあなたの居場所を奪ったり、しないわ――安心して」
ミューラは彼女と今からでも話し合えばどうにかならないか、そう思って発した言葉だったが、それはエレナの逆鱗に触れ――一線を越えさせた。
「うああ……っ」
エレナの振るった鞭が、ミューラの肩を打った。
そしてその一発で抑えが利かなくなったエレナは、ミューラに連続して鞭を打ち続ける。
「うるさい、上から目線で話すな……!! なにが安心しろよ!! 身の程知らずが!! 孤児院育ちのくせに!!」
「わ、私はジークと出ていくわ。あなたの視界から消えるのに、どうして……」
「ミューラが幸せになるなんて許せない!! あなたの幸せは全部私のものにする! だからあなたはどこへも行かせない!! あなたが手に入れるものは全て私のものにしないと、私が本物になれない!!」
ミューラはベッドに倒れ込み、その背中を打たれ続ける。
「あううっ……」
「私が『本物』じゃなくなったのも、あなたが現れたせい!! 学校で平民の血と見下されるのもあなたのせい!! 私が平民と寝てしまったのもあなたのせい!! ジーク様が私を見てくれないのもあなたが幼馴染のせい!! お父様とお母様が私だけのものじゃなくなったのも、あなたのせい!! このエレナと言う名前だって本当はあなたのために用意されたもの!! 私のものじゃない!! けれど、全部私のものに、してみせる……!!」
――エレナの顔には狂気の笑顔が浮かんでいく。