「ほんとに……ミューラお嬢様を後継者から外すなんて……。」
マァラはため息をついたが、ミューラは首を横に振った。
「10年以上、本物の親子として寄り添ってきた人たちですから、きっと私達が思うより重く強い絆があるのでしょう。私の方はもう彼らに愛情を求めることはありませんし、男爵家の娘になりたいなどと欠片も思っておりません。なので、ここを出られるように仕事を教えて頂けたら、嬉しいです」
「勿論ですとも。ミューラお嬢様。私がしっかりと仕事を教えて差し上げます。そして、王都に良い仕事先を知っておりますのでそれとなく旦那様にお話しますからね。あなたにはちゃんと貴族の血筋が流れておりますので高位貴族さまのお屋敷の侍女にもなれるかもしれません」
聞けばマァラはかつて、平民学校の特待生として王都の学院へ通ったことがあるという。
そこから公爵家の使用人から侍女にまでなったが、幼馴染と結婚の予定があったため、この領地に戻ったという。
「ありがとうございます。がんばりますね」
それからというもの、他の使用人たちも、屋敷内での態度は変わりなかったが、使用人棟内など、両親やエレナの目が届かないところでは、普通に接してくれるようになった。
さらに、いつかの人形事件の時に、ミューラのクローゼットから壊れた人形を見つけ出した黒髪のメイドが謝りに来た。
彼女はエレナ付のメイドなのですこし警戒したが――。
「申し訳有りません。どうしても、エレナさまに逆らえなくて……」
「もう、昔のことです。それに、そうするしかなかったんでしょう?」
黒髪のメイドは、申し訳無さそうに頷いた。
「あなたのせいじゃないわ」
ミューラは謝罪を受け入れた。
しかし、黒髪のメイドは、次にとんでもない情報をもたらした。
「ありがとうございます……! でも実は、お伝えしたいことが、まだあるんです」
「?」
「エレナお嬢様に、使用人棟でのあなたを見張って様子を伝えるようにと言われています……あと、給料を盗んでくるようにとも……私、私ずっとあの人形の件を後悔してて……そんな事できません。私は解雇されるかもしれません。でも私がいなくなったら、別の使用人が命令されると思います……」
ミューラは、エレナに呆れた。
もう令嬢ですらなくなったミューラをまだ追い詰めようとしている。
執拗なほどミューラを嫌って、ミューラを貶めることに執着している。
「(どうしてそこまで……)」
ミューラには理解できなかった。
ミューラはしばらく考えたあと、黒髪のメイドに頼んだ。
「――お給金のうちのいくらかをあなたに渡すわ。それで盗んできたことにしてくれる? きっとエレナは私がいくら貰ってるか知らないわよね?」
「お嬢様、いけません。それは――」
「ね、聞いて。そうすることによって私も安全なの。協力してほしいわ」
ただでさえ少ない給料からこんな支出はしたくなかったが、このメイドを試すためにもそうしてみた。
ついでに、他の使用人にエレナの前でわざと聞こえるように、ミューラが給料を失くしたらしい、駄目なヤツだ、と噂するように頼んだ。
――エレナが給料を奪って安心するなら、安いものだと思おう。
その代わり貯金に時間がかかるだろうけれども。
焦らずじっくりやっていこう。
しばらくしてもこの件でエレナが暴れることはなかったので、うまくいったようだった。
「(……よし、今までよりも順調だわ)」
ミューラは確実に家を出るために、集中していた。