ミューラは新しい部屋を掃除して、少ない身の回り品を簡素な備え付けのタンスに片付けたあと、メイド長に会いに行くことにした。
「たしかマァラさんだったかな、名前」
ミューラはそこで、久しぶりにここへ来たばかりのことを思い出した。
――明るい笑顔を向けてくれた赤髪のメイド。
彼女がミューラに関わって辞めさせられたせいで、使用人たちもミューラには基本的に無言・無感情に接していた。
ミューラはそれでいい、と思っていた。
「(また、彼女のように辞めさせられる人がでたら、いやだわ)」
彼女は元気だろうか。
元気で、そしてここにいるより幸せになっていて欲しいと願った。
消灯時間のすこし前。
就寝前に尋ねるのは失礼かと思ったが、ミューラは思い切ってメイド長の部屋のドアをノックした。
「どうぞ」
落ち着いた年配女性の声がした。
「失礼します、メイド長」
マァラが、そう言ってドアを開けると、メイド長はハッとした顔をした。
「ミューラお嬢様……!?」
そしてミューラの手を引っ張って、部屋に引き入れると、廊下を確認するようにキョロキョロしたあと、ドアを慌てたようにしめた。
「す、すみません。私が尋ねるのは都合悪かったですよね。でもお仕事を教えていただくのでご挨拶を、と思って」
「いえ、構いません。よく訪ねてくださいました。さ、そこへお座りになって」
――ひょっとしたら冷たく追い返されるかもしれない、と思っていたので、予想外の反応だった。
「ありがとうございます」
メイド長の部屋は本棚とデスクがあり、すこし執務室のような感じだった。
メイド長は、水しかないのですが、と水を出してくれ、内緒ですよ、と缶に入ったクッキーを皿に何枚か出してくれた。
「え……、いいのですか? ありがとうございます」
「いいんですよ」
そう言ってメイド長・マァラは、ため息をついた。
「――やっとお話できます。本棟の方ですと、誰が見てるかわかりませんからね。見ていてずっと心を痛めておりました。何も出来ず申し訳ありませんでし……」
そこでマァラは涙を流した。
「(え……)」
「驚かれましたよね。使用人たちは旦那様方のあなたに対する境遇に不満を持っておりますよ。そうだ、お嬢様が最初に来た時に解雇されてしまった赤髪のメイドを覚えてますか?」
「あ、はい。名前を聞くこともできず会えなくなってしまってすごく残念で。やはり私のせいで解雇されていたのですか?」
「あの日のことは原因ですが、あなたのせいではありません。あなたが彼女を庇ってはくださったんですが、エレナお嬢様が彼女のことを許せず、解雇となりました」
「やっぱり……。あの、彼女はその後はご存知ですか?」
「ご心配なく。明るく元気な子なので、街で仕事を見つけて、もうすぐ結婚する、と連絡をもらいました」
「……良かった」
「あの子はたまたま良い人生を得られたようですが、他の使用人たちはここを辞めたら仕事がない者たちもおりますので……」
「いえ、大丈夫です。私のために辞めさせられたりひどい目にあったりしたら嫌でしたし……」
「ありがとうございます。――私もエレナ様が小さい頃からお仕えしているので、エレナ様のことは可愛いのです。ですが……嘆かわしいことです、その髪色、瞳、お顔も紛れもなく旦那様と奥様のお子様だというのに……。負うた子より抱いた子とは言いますが……旦那様も奥様もあなたが生まれるまで、毎日お腹を撫でられて過ごされていたというのに……忘れてしまわれたよう」
「そう……」
でもその撫でられていた赤子は、母の中では私ではなくエレナなのだろう。
「でも、屋敷の中で、私を心配してくれる人たちがいるってわかったら、ちょっと安心しました」
ミューラにとってはそれだけで十分だった。
「何も出来なくて申し訳有りません、ミューラお嬢様」
「いいんです! お気持ちだけで。この領地でお父様たちに逆らえる人なんていません! それより、メイドの仕事を頑張って覚えますのでよろしくお願いします。」
「……屋敷を出ていかれたいのですね」
ミューラはコク、と頷いた。