「ねえ、エレナさん。どうして妹さんは魔力封印されているの?」
エレナと懇意にしていると思わせている伯爵令嬢が、面白い情報が手に入り早速エレナを誘って、数人の令嬢とランチをした。
そこで、ミューラの話題を出す。
「え……? (どうしてそれを!? あの子、喋ったの!?)」
「それは、あの子が悪いことをしてしまったから、お父様が罰を――」
ミューラの魔力封印のことなどすっかり忘れていたエレナは慌ててそう答えた。
「ええ!? 罰で魔力封印したの? ミューラさんは、一体どんな悪いことをしたの?」
楽しそうに、伯爵令嬢の取り巻き令嬢が、さらなる内容を聞いてくる。
「お父様がされたことなので、わからないわ」
「あら、でも学校に入った頃、ミューラさんは正当な血筋なのに魔力もないし、孤児だったから勉強も遅れている、と仰ってましたよね?」
「え、ええっと……そうだったかしら」
「ミューラさんっておとなしいし、孤児育ちだけれど、魔力封印されるほど悪いことするような方には見えませんけど……まさか魔力を使って人を怪我させたり殺したりわけじゃないですわよね?」
「……あ、我が家に来た頃に私の人形をビリビリに引き裂いたことがあって!」
「まあ。あのおとなしいミューラさんがそんなことを? 確かにそれは驚きですが、それって魔力封印するほどのことでもないですわよねぇ? ……人形ごときに」
困ったように眉間にシワを寄せて、クスクス微笑む令嬢たち。
彼女たちにはきっともう想像がついているのだ。
エレナが封印させたに違いないことを。
この世は魔力を持っているならば平民、さらに孤児であっても貴族が養子として引き取ることがあるくらいだ。
下賤な血であっても魔力があれば、『神にギフトを授けられた子』とされ、扱いが変わってくるのである。
上位貴族は昔から、積極的にその血を取り入れたため、魔力持ちで溢れている。
そんな『神にギフトを授けられた子』が平民で生まれてくる比率は稀なため、新しい血を獲得したい貴族の間では競争になる。
そしてそれは、力の強い上位貴族が手に入れることが多く、めったに入手できない下位貴族の血には魔力ある血筋が宿ることは少ない……というのが歴史の結果だ。
しかも魔力封印は余程の理由がない限り普通は奴隷もしくは囚人にしか施されない。
この話しの流れだと、人形を壊したというだけの理由でミューラは魔力封印されたということになってしまう。
「そうそう。男爵家で魔力持ちが生まれるって大変名誉なことではなくて? どこの男爵家でも魔力持ちが生まれたら、それこそ跡目にすべき大事な血ですわ。なのに――平民で養女、そして魔力が無いあなたが……跡目なんですのね?」
「それは、私が可哀想だからって……お父様とお母様が……」
「まあ、ずいぶんと愛されてらっしゃいますのね。すばらしいわ。魔力宿る貴族の血をないがしろにしてまで貴女の方を大事にするなんて」
「ええ、お父様とお母様はとっても私を大事にしてくださるのよ!」
「羨ましいほどの愛情ですわね……」
エレナの両親を表向き褒め称え、令嬢たちは心の中で蔑んだ。
「(いくら育ててきた子が可愛いからといって貴族の血をないがしろにする、なんて愚かな家門なのかしら――)」
そうやって、周囲の目がミューラに向かうと、改めておかしいと気づくものが増えてくる。
ミューラはエレナの買い物のために授業を抜け出していること。
ミューラがエレナの宿題をやっていること。
エレナは招待されたパーティに必ず出席し、そのたびに新調したドレスでやってくるのに、ミューラがドレスを着てきたのは新年パーティや卒業パーティくらいだったこと。
そしてそのドレスはいつも、古い流行――やすい中古品であると伺えるものばかりであったこと。
いくらなんでも、おかしい。
エレナとミューラの立場が反対ならまだわかる。
――ハミルトン男爵家は、愚かである。
その現状は、学校に通う貴族には子から親へ、その情報が渡り、ハミルトン男爵家は他の貴族から、見下されるきっかけを作ることになった。
逆にミューラだけは、周囲の態度が軟化した。
周りの評価が変わったのだ。
話しかけられることがすこし増え、自分を異物だと感じることがなくなった。
「ねえ、今までごめんなさいね」
そんなふうに直接謝ってきた令嬢もいたくらいだった。
「(……魔力封印を見せただけなのに)」
自分で思った以上の威力があり、ミューラはすこし状況を持て余した。