しかし、誤算もあった。
婚約が決まったとたん、学校で男子生徒が、離れていったのだ。
いくら美しくとも、相手の決まった令嬢に近づくリスクを犯す令息は少ない。
――ありえないわ!!
慌てたエレナは、今度は自分から男たちに近づいていくようになった。
上位貴族をあきらめられないエレナは、学校の伯爵以上の男子生徒に偶然を装って近づくことが増えていった。
中には、婚約者のいる令息もいた。
学校でそんなことをすれば――ただでさえ、今までも良く思われていなかった令嬢たちにますます嫌われたのだが。
エレナは『私が美しいゆえの妬み』と思い込み、気にしていなかった。
エレナのいない場所で令嬢たちは、その鬱憤を吐き出す。
「……エレナさんって、男好きよね」
「ああー。わかります。しかも婚約者がいる伯爵令息にまで色目をお使いですよね」
「エレナさんって確かこの間婚約しましたよね?」
「たしか子爵家の方でしたよね。『平民令嬢』にしては破格のお相手かと思うのですけど」
エレナは陰で『平民令嬢』とあだ名されてる事を知らない。
「それなのに上位貴族、しかも跡取りに声をかけているのは何故かしら。彼女自身、跡取り娘ですよね? 万が一振り向かせたところで、彼女は嫁げませんよね?」
「だから……男好きなのでは?」
「ああ、跡取りですから今のうちに遊んで置こうと……? わたくし、ちょっと彼女に経験の数を聞いてみたくなりましたわぁ」
「まあ! はしたないですわよー! でも、私も聞いてみたいですわぁ」
令嬢たちの鬱憤は下衆な方向へ転がっていった。
その令嬢たちの中でも、婚約者にまとわりつかれていた伯爵令嬢が――。
「(ふぅん、いいわね)」
とエレナと仲良くするフリをして、ランチに誘うことにした。
エレナはやっと私を認める気になったのかと、上から目線でその誘いを受けたが、それは強かな罠であった。
「あら、エレナさんは、まだご経験がないのね……?」
親しくもないのに不躾な話をされた――かと思ったが。
「ねえ、花の命は短いのよ? 楽しまなくては損だわ。そのように美しいのだから」
「そうよ、恋はいくつでもしておくものよ。婚約されたのでしょう? 結婚したらもう恋はできないわよ?」
――貴女は、遅れている。
――みんな、影では遊んでいるのよ?
エレナの性格を見抜いている伯爵令嬢が親切を装って、自滅するように入れ知恵した。
そして、合わせて男子令息側に噂を流す。
エレナは――遊べる相手、だと。
婚約しているのに令息に頻繁に声をかけていたエレナのその噂は信憑性を増し――その噂通り遊べる相手、として令息に認識されていった。
そして――。
エレナが媚を売る上位貴族令息の中に、彼女を自宅のパーティに招く令息も現れた。
ある日、そのパーティでエレナは特別だよ、と令息の部屋へ招待される。
『君が可愛いから特別にご招待するんだよ、エレナ。ねえ、エレナ――僕のことは、好きかい? ねえ、だったら――このことは2人だけの秘密だよ』
『秘密の恋を楽しもう。え? 何故秘密にするのかって? だって今ばれたら、将来僕たちは結ばれなくなってしまうよ?』
上等な令息達から求められ、恍惚としたエレナは、とうとう自分がそちら側の人間だと認められたと思った。
さらに彼女は増長し、自分は火遊びを兼ねたキープ作りのつもりだが、自分を求める彼らに愛を分け与えているのだとも思い込み、自負していた。
そんなエレナを部屋へ誘う高位貴族の令息が1人、また1人と増えていった。
幸い、令息達も自分の親や婚約者にエレナと遊んでいることがバレたくないために、噂は派手に広がることもなく、王都にいるエレナの婚約者の耳に届くことはなかった。