学校に通い始めてはや1年。ミューラとエレナは13歳になっていた。
「エレナには、釣書が届くようになったよ。困ったな、私の可愛いエレナを狙う令息が多すぎるよ」
その年の夏休みの朝食の席で、ハミルトン男爵がエレナにそう伝えた。
それを聞いて困ったように頬を染めるエレナ。
「まあ……。みなさん、学校で優しくしてくださってるだけかと思ったら、裏で釣書を送ってらっしゃったのね。
そういえばお父様、ミューラに釣書は?」
「……来とらん。まあ、ミューラには難しい話だろう。素朴な娘だからな。まったく期待外れな娘だ。エレナと違ってな」
「そんな! お父様。ミューラは可愛いわ? 見てあの綺麗なストレートの髪。私なんて癖っ毛だから……」
「何を言うんだエレナ、お前のような美しい金の巻き毛は見たことないぞ。茶髪直毛などどこにでもいる。お前は唯一の存在だよ」
「お父様ったら……。ところで伯爵家以上の令息からは釣書は来てます……?」
「いや――だが、子爵家からひとつ来ていたぞ。学業成績もよく真面目な子のようだ。一度会ってみないかい? エレナ」
「なんだ……子爵家かぁ。学校なら結構上位貴族の方もお声がけいただけるのに。ところで学校の方?」
「いや、王都の学院に通っていらっしゃる御子息だ。見合いしてみるかい?」
「まあ。王都の学院。寮生活されてるのかしら」
「いや、王都の屋敷から通っているらしい」
「……(その方と仲良くなれば、そこに宿泊させてもらったり、王都で開かれる舞踏会へパートナーとして参加できるかしら?)」
都会に憧れるエレナは、そこで打算が働いた。
「わかりましたわ、お父様。その方とお会いしてみますわ!」
「まあ……私たちの天使が私たちだけの天使でなくなってしまうのね……、大きくなったものだわ」
目頭を抑える夫人。
温かい家族の団らん。だが、相変わらずミューラだけは異物だった。
◆
エレナの見合いの日。
エレナは朝から侍女数人と身支度に時間をかけ、頼み込んで作ってもらった新しいドレスを着て見合いに臨んだ。
ミューラは自室から庭園をチラ見した。
気合をいれているだけあって、今日のエレナはいつもより更に美しい。
白と薄桃の混ぜ合わさったまるで花のようなドレスに身を包んだエレナは、理想的な美少女だ。
最近では体型も女性らしさを帯びてきて、胸は隠すデザインではあっても胸の膨らみは感じられ、これからさらに美しくなる期待をさせる。
やってきた見合い相手の令息は、彼女をひと目見て、息を呑んだ。
「こんにちは、ハミルトン男爵令嬢。私はバートン=ルエダ。ルエダ子爵家の次男です」
バートンはダークブロンドに濃い青の瞳をしていた。
エレナが行っている貴族学校にもし通っていたなら、学校内でトップクラスの容姿だと思われた。
スーツや靴も王都であつらえたものだろう。洗練されている。
「(ふうん? 学校の侯爵令息や、伯爵令息と比べると、レベルは多少落ちるけど、悪くないわね……頭の先からつま先まで洗練されているわ、これで伯爵家以上なら文句の一つもなかったのだけど、まあ合格ね)」
さらに――ルエダ子爵家は商売が今うまくいっており、金があると父親に聞かされていたエレナは、バートンをキープしようと画策した。
「……こんにちは。ルエダ子爵令息。私はエレナ=ハミルトンです。ハミルトン男爵家の長女です……」
エレナは、目を潤ませ頬をすこしあからめて、微笑んだ。
そのエレナを見たバートンは、目を奪われて――しばし、言葉を忘れた。
「あの、ルエダ子爵令息……?」
エレナが小首をかしげて見上げ、不思議そうに見つめると、バートンはハッとして応える。
「あ、いやこれはすみません。貴女があまりにも美しいものですから、見惚れてしまいました」
「あら……嬉しいお世辞ですわね」
「お世辞などでは……本当にお美しい」
「本当ですか……?」
慎ましさと、可憐さを演出したエレナに、バートンは簡単に陥落した。
2人の婚約はトントン拍子にまとまった。
現在15歳のバートンが学院を卒業し、成人する18歳になる3年後に結婚することになった。
「(ふふ……。まあそれまでに他にいい人が見つかったら、お別れするけれども、ね)」
エレナはうまくいったと思った。