ミューラは精神的疲労からある日、本当に授業をサボった。
学校の人気のない場所で1人座り込んで、ぼんやりしていた。
「ミューラ……?」
そこに、帽子を被った黒髪の青年が工具箱を持って立っていた。
学院の制服を着ていない――職員だろうか。
――あれ。
ミューラには、その顔に見覚えがあった。
「……ホエル
「やっぱ、ミューラじゃん! ひさっしぶりだなー! なんだ、学校の制服着てるじゃないか。どっか良いところに引き取られたのか?」
「あ……うん、まあそうなんだけど。ホエル
「ああ。俺? 王都の工具屋で売り子を最初やってたんだけどさ。たまたまその店に買い物に来た子どものいないオッサンに気に入られて引き取られたんだよ。で、そのオッサンが、この街の商人でさ。俺が跡継ぎになったってわけ。今は修行中で、あちこち行かされてるんだけど、今年からこの学校の管理人のバイトやるんだ」
「ホエル
孤児院の年少の頃には、よく面倒を見てくれたお兄さん代わりだった。
もう二度と会えないと思っていた人の1人だった。
「ほらほら、泣くな。そういや泣き虫だったなぁ。あやすために肩車をよくしてやったの覚えてるぜ。でかくなってもうできないな!」
ああ、普通の会話だ。
普通の、言葉だ。
ミューラは嬉しくて涙が止まらなかった。
泣きながら久しぶりに微笑んだ。
「(ああ、私まだ、笑えるんだ)」
そんな自分に安堵した。
「この学校に通ってるんだろ? 俺も1年はここにいるから、いつでも話ししようぜ、てか授業中じゃないのか?」
「それが……」
ミューラは自分の状況を手短にだが、ホエルに話した。
「なんだそれは!? ひでえな!」
「そういう理由だからホエル兄ともあまり話しができないの。こんなところを見られたらホエル兄にも何されるかわからない。……ねえ、ホエル兄。エドがどうしてるか知らない? ひょっとしたらエドが手紙くれてるのかもしれないけど、きっと私の手元には届いてないと思うの」
「いや、俺も孤児院出てってから何年も経ってるし、連絡もとってないからなぁ」
「そっか……。ねえ、ホエル兄。私の代わりにエドに手紙を書いてくれない? お小遣いも何買ってるか管理されてるし、手紙も自由に書けないの」
「ああ、いいぞ。それはまかせとけ」
「……ありがとう!! 手紙は書けない状況だ、と簡単に書いてくれる? 私のこともう忘れてるかもしれないし、そうしたら、迷惑だから……」
「いや~? エドのやつが忘れるかな。お前ら……目茶苦茶仲良しだったろ」
ホエルはそこで思い出した。
エドガーがミューラに執着していたことを。
おそらく絶対ミューラを諦めてはいないと、確信できるほどに。
「でも、向こうも私が手紙書かないから怒って、嫌われてるかも」
「いやない、それは絶対にないと兄ちゃんは思うぞ……。それにしてもすっかり後ろ向きだな。前は大人しくてもここまでじゃなかったと思うんだが。まあ、状況的に仕方ないか」
「ううん、ホエル兄に会えたから元気でたよ。ありがとう」
「そうだな……。残念ながらお貴族様相手だと俺も然程力になってやれんが、話しは聞いてやれるからな」
「うん!」
授業をサボってはしまったが、ミューラにとっては、久々に心の潤う出来事だった。
◆
それから、たまにこっそり授業をサボって、ホエル兄と雑談したが、エドガーから手紙は返ってこず、代わりに院長先生から手紙が返ってきた。
「……エドは冒険者になって、旅に出たらしい。あとな、一度……ハミルトン男爵家を尋ねたらしいが、門前払いになったようだ」
「そんな……!」
エドが、門の前まで来てくれていたなんて……!
そんなに近くにいたのに会えなかったのか、という思いと、お金を貯めてまで来てくれたのに追い返されてしまった事実に胸が痛んだ。
「ああ、弱ったな。泣かないでくれ。あと、大事な伝言が残ってる」
「エドから伝言?」
「そうだ。エドはお前の人形を持って旅にでたらしい。必ず返しに行くって。お前から連絡があったらそう伝えてくれと院長先生に言伝していったらしい。だから少なくともエドはお前のことを嫌いになってはいないし、会いに来ることを諦めてない。だから、ほら、元気だせ」
「うん……うん」
いつか、エドが会いに来てくれるかもしれない。
今までもそんな事は考えてなかったわけではないが――エドガーが自分の関係がまだ続いているかもしれないことに、ミューラはの心に安堵が広がった。