ミューラが孤児院を発って数ヶ月。
エドガーは、黙々と冒険者ギルドに通い、大人の冒険者についてダンジョンに潜る日々を続けた。
約束通り、度々ミューラに手紙を送っているが、一向に返事が返ってこない。
「そりゃ、お前、返事なんて返ってこないだろう。お貴族様になっちまったんならさあ」
「だな。そりゃもう生活が段違いさ。きらびやかな生活になって、お前のことなんて忘れっちまってるさ」
冒険者の先輩に、話したらそう言われた。
「ミューラはそんなヤツじゃない……」
「まあ、そう思ってな。信じるのはお前の自由だ。だが手紙が返ってこないのが現実だろ」
「……っ」
――今頃どうしているのか知りたい。
来月にはハミルトン男爵家にまでいける旅費がたまる。
そのために、頑張って金を貯めた。
それを先輩に話すとやはり否定される。
「お前バカか? コネがない平民なんて門前払いさ。行くだけ無駄。金の無駄だ。やめとけ」
「けど、会いに行く約束をしたんだ……!!」
「お前は若いから知らんだろうが、大人になるまでにゃ、そりゃぁ、お貴族の令嬢と平民男子のロマンチックな逢瀬話しはいくつか聞くもんよ。だが……うまくいった試しは聞いたことねえよ」
他の先輩も反対してくる。
「なあ、お貴族のお嬢さんってのは小せぇ頃からそれは贅沢な暮らしをしてる。家来に物を運ばせて、食事も用意してもらって、風呂もメイドに入れてもらうのさ。それこそペンやティーカップより重たいものなんて自分で持った事がない生活をしてるんだ。そんな生活を知っちまったら、その娘もお前なんて相手にしないさ」
「悪いこと言わねえ。おまえ、なかなかのハンサムなんだからよ。町娘でそこそこ裕福なお嬢さん捕まえたほうがいいぞ。適度な逆玉に乗れっぞ」
「……もう、いいです」
「おーい、スネちまったぞー」
「一途な坊主だなぁ」
誰になんと言われようと。
エドガーはミューラを諦めることはできなかった。
少なくともミューラ自身に拒否されない限りは。
「(ミューラを忘れることなんてできない。何年かかっても絶対取り戻す)」
そして旅費を貯めたエドガーは数カ月後、ハミルトン男爵家の領地へと旅立った。
しかし、先輩たちの言った通り、ミューラに会うことはできなかった。
金の許す限り、近くの宿に滞在し、毎日門番とやり合い、そして――。
「ええい! 子供だからと優しくしていたが、これ以上しつこくするなら、通報するぞ! 帰れ帰れ!!」
最終的には通報寸前、犯罪者扱いされ、滞在費用もなくなって仕方なく帰途についた。
「……ミューラ。姿すら見ることができなかった……」
帰りの馬車に揺られながら、持ってきていたミューラの人形を眺めていた。
「まあ、わかってた結果だよな」
隣に座る冒険者仲間のセベロがそう言った。
彼は派手なオレンジの髪と瞳をしている。
セベロは付き合いの良い奴で、エドガーがハミルトン男爵家を訪ねに行く、といったら付いてきた。
女の子のナンパが多く軽薄な感じのする彼と、真面目なエドガーだったが、何故か馬があって、一緒に冒険するようになった。
実際は心配してくれていたのだろう。
ただ、本当に付いて来ただけで、エドガーがハミルトン家の門番とやり合ってる間、彼は街でナンパを繰り返していただけだったが。
それでもエドガーが宿に返って来る頃には宿で待ち構えていて、どうだった? とエドの話を聞いてくれるのだった。
「エドガー。お前さ。貴族目指したら? 今でもまだ引取先希望来るんだろ?」
「は?」
「いや、だって。貴族になれば会えるだろう、その子」
「それは俺も少し思ったが。少し貴族のことを調べたけど――そんなことしたら、逆にミューラと結婚できなさそうだからな。引き取られた先で望まない結婚を決められる可能性が高い」
「ふうん? やっぱ結婚したいんだ」
エドガーが、アッという顔をして赤面した。
「……悪いか」
「顔が真っ赤だぞ。ウブだな。で、これからどうするんだ?」
「……冒険者は続ける。けど、貴族相手の仕事を取って、何かしらコネを作れないか考えてみる」
「なるほどな。真面目なお前らしい手段だ。まあ思いつくこと出来ること。やりたいだけやるといいさ。俺は適当にお前に付き合うし」
しかし、この貴族相手にコネを作るという考えが、数年後にエドガーに大きな功をもたらすのであった。