姉妹格差はあるものの、貴族としての教育があるため、家庭教師による勉強はさせられた。
ミューラも平民の学校へは行ってはいたが、やはり学習内容のレベルが違っていて、なかなか困難だった。
だが、ミューラは勉学に励んだ。
勉強に没頭することで、つらい現実を忘れられたからだ。
その結果、教師に褒められた。
その教師は女性で、伯爵家の出身。
兄弟がかなり多かった為、子爵家へ嫁いだ人だった。
彼女は評判の良い家庭教師で、予約がなかなか取れないのだが、ハミルトン男爵はエレナのために数年前から交渉し、ようやく契約できた教師だった。
相談の上、ミューラも一緒に見て貰える事になったが、学習段階が違うために、今は別々の時間で授業を受けている。
ミューラは彼女とは相性が良いようで、勉強もしやすく雑談もしてくれた。
勉強の時間が楽しいのもあって、ミューラの学習ペースは早くなっていき、今にもエレナの学習段階に追いつきそうだった。
そんなある日。
「ミューラさん。今日は魔力判定装置を持ってきたの。ちょっと測らせてちょうだい」
「え、でも。以前測った時は、私は魔法を使えるような魔力はなくて――魔力なし判定でしたよ」
「そうなの。でもすぐ終わるから。ほら、この水晶を握ってみて?」
「は、はい」
ミューラが握ると、水晶がやんわり輝いた。
これは魔力があるという結果だ。
「――え」
「あらまあ。おめでとうミューラさん。これは魔法のお勉強もしないといけませんね」
「……あ、あの。魔法を覚えたら……冒険者とかになれるでしょうか」
「令嬢なのに冒険者? そうねぇ……。お父様が反対されるとは思いますが、なれるかなれないか、だけで答えるならなれる可能性はあるわよ」
ミューラは、久しぶりに心が踊った。
――エドがあのまま冒険者になっているなら、ミューラもなれば、会えるかもしれない。
しかし、ハミルトン男爵の顔を思い浮かべると、すぐに落胆した。
――絶対、無理だろうな……。
「なにはともあれ、魔力があるなら男爵家でも上流階級へ嫁げる可能性もあるのよ。ご両親はお喜びになるんじゃないかしら」
「そうで、しょうか」
上流階級に嫁ぎたくなどはない。それは嫌だった。
けれど魔力の件は、両親が喜んでくれるかもしれない……とミューラは思った。
「あとで、ハミルトン卿にお話いたしましょう」
「は、はい……!」
◆
その日の授業のあと、先生と一緒に父親であるハミルトン男爵を訪ねた。
「お邪魔でしたでしょうか? ハミルトン卿」
「ああ、アネット先生。ミューラの授業が終わったのですか?」
「あ! アネット先生こんにちは! あれ、ミューラも一緒なの?」
男爵の執務室にはエレナがいた。
男爵が絵本を読んでやっていたようだ。
もう11歳だというのに膝に乗せて甘やかしている。
「ええ、すこしミューラのことでお話が。エレナさん、すこし席を外してくれるかしら?」
「えー! やだ! 私も聞きたーい!!」
「じゃあ、ここにいるといいよ、可愛いエレナ」
「わーい!」
アネット先生の依頼を無視し、勝手に同席を許す男爵。
アネット先生はすこし眉をひそめた。
ミューラは嫌な予感がした。
エレナの前で話をしたくないと言いたいが、ミューラに発言権はない。
◆
侍女が4人分のお茶菓子を用意すると、ミューラの学習状態について、そのアネット先生が男爵に告げる。
「ミューラ様は優秀ですわね。今まで孤児院でご苦労なさっていたと聞いたからどんな方かと思っていましたの。たしかに貴族としての教養はまだまだこれからですが、覚えるスピードが早くていらっしゃるので、教えていて楽しいですわ」
「ほう。それは。ミューラにも良いところがあったのだな」
興味がないとはいえ、我が子を褒められるのは嫌ではないらしい。
男爵が少し、顔を崩し笑顔を浮かべた。
「(――あ。屋敷に来て初めて笑顔を向けられたかもしれない)」
ミューラは少し、期待した。
ひょっとして勉強を頑張って優秀な成績を出せば……エレナほどではなくても、愛情を向けてもらえるかもしれない……?
しかし、同時にエレナの表情がいっきに不機嫌になったのが目に入った。
「(あ……嫌な予感がする)」
そのもはやパターンとも言える予感は、的中する。