――エレナは両親に似ていない。
そこから話はヒートアップしていく。
「ああ、私も思ってました! 不思議ですよね! ブラウン髪の両親から金髪の子って生まれるのかしら?」
「親戚にはいるって言ってましたよ?」
「でも、お顔も全然似てませんよね?」
「ふふっ。イルダさんてば、不貞を働いたのでは?」
「まああ! いけませんわ、そんな事言っては……ああ、失礼、お茶をこぼしそうに……」
「いえいえ、私もはしたない笑い声をあげそうになってしまいましたわ。……ねえ、ちょっと調べてみませんこと?」
「エレナさんのこと?」
「ええ、絶対何かあるわよ。孤児院から貰ってきた子かもしれないわよ?」
「貴族の血筋ですらないと?」
「だって、あまりにも着飾りすぎて品がないこと多くありません? 美しい子だから幸い似合ってますけど、まるで下町の……」
「それ以上言っちゃいけませんわぁ! でもいいですわね! 良い調査員おりますのよ……」
そして調査の結果――。
2人の看護師がタグの入れ替わりによる取り違えミスを自白した。
彼女たちは、裁判の結果――厳しくも処刑された。
貴族の子を取り違えたうえに、それを何年も秘匿したのだ。
ハミルトン夫妻は、エレナが自分たちの血筋から生まれた子ではないことにまず落胆した。
王都での裁判に出席したあと、ミューラを迎えに行ったものの、素朴な自分たちから生まれるのは素朴な子、という解答を見せられた気分になり、とても喜べなかった。
◆
「――そういえばエレナさんもですが。本当のお子さんは? ご紹介して頂けないの? エレナさんはいつも同席されていたじゃないですか……?」
伯爵夫人は、静かに、あくまでとても静かな声でその話題に触れる。
エレナが男爵夫妻の血筋ではなくなった為に、自慢できなくなった事がわかっていて、わざと話題にあげる。
腹の中は愉快で仕方がない。
「あ……そ、そうですね」
イルダは、急にお茶会の場の空気は冷えていく気がした。
「(どうしてそんな事を言うのよ。つまらない……。ああもう、どうしてあの子が私の子なの!?)」
そう言われては会わせないわけにもいかない。
イルダはメイドに目配せした。
「(今日のお茶会は私の服飾を見せつけるためのものだったはずなのに!)」
しかし、イルダは彼女らに嵌められた事を知らない。
お茶会の場に連れてこられたミューラは、素朴なワンピースに、靴。そして髪飾りのひとつもない髪型だった。
ミューラは、その姿で綺麗なカーテシーをした。
「ご歓談中に失礼して挨拶申し上げます。ミューラと申します。この度ハミルトン男爵家の次女として戻ってまいりました。本日は母のお茶会にご参加くださりありがとうございます。」
貴婦人達はミューラがハミルトン夫妻の子どもとしてふさわしい容姿をしていたので、心の中で大歓喜だった。
「まあまあ! いいのよ、呼んだのはこちらなんですから! まあ~、ハミルトン卿にそっくりではないですか!」
「美しいカーテシーだわ? やはり本当の血筋は争えませんね? そしてなんて清楚なお嬢様なの?」
貴婦人達は大喜びだ。
「そ、そうですか? でもこの子はエレナに比べてまだまだ貴族として――」
イルダは早くこのお披露目を終えたかった。
「そんなことないわよ? 孤児院でずっと暮らしていたにしては、とても素晴らしいわ」
「あら、それにしても。ミューラさんがエレナさんになるのではないの?」
「やだ! 平民の血が流れた子に、一度ついた名前なんて……あら、失礼!」
「でも孤児院で使っていた名前そのままを使ってらっしゃるの?」
「ええと、その。慣れた名前が良いといいますので……ね? ミューラ」
「……はい」
それはその通りだった。
今更ミューラ以外の名前はいやだった。
「それにしても本当に良かったわね! ご両親にそっくりなお子様で! 似ていなかったら本当に自分の子かわからないものねぇ~」
「やっぱり旦那様に似た子は愛着が沸くわよねえ!? ちゃんと家門の血筋の子って感じしますもの~。あ、いえもちろんエレナちゃんも素晴らしいお子様ですよ!? でも今回はほら、ミューラちゃんにスポットを当てたお話ですから~!!」
「え、ええ……ありがとう、ございます」
夫人はエレナがこの席にいないのが幸いだと心を保った。
そして、ただ隣で愛想笑いして、ありがとうございます、とだけいうミューラを疎ましく思った。
――ああ、どうして、取り違えが発覚したのかしら。
「(お茶が不味くなっちゃったわ)」
イルダは扇子の下でこっそりとため息をついた。