「ミューラの部屋はここね!?」
エレナが、泣きそうな顔の黒髪メイドを連れて部屋へ乗り込んできた。
何事だろう、ものすごい剣幕だ。
「え、エレナ。おはよう」
異様な様子だったが、同じ屋根の下でくらす姉妹になったのだ。
ミューラはまず挨拶をした。
「エレナお嬢様。どうされましたか」
ミューラの髪を梳かしていた赤髪のメイドが、ブラシをドレッサーに置いた。
「ちょっと! どうしてこの子の部屋にメイドがいるのよ!」
当然のようにミューラの挨拶は無視された。
「はい。メイド長に申し付けられて、ミューラ様のお世話しに参りました」
「メイド長が!? そんな必要ないでしょう? その子は平民だったんだから身の回りのことは自分でできるはずでしょう! 知ってるんだから、平民はなんでも自分でやるって!!」
「かしこまりました。メイド長にあとで確認し報告いたします。ところで、エレナ様は一体どういった御用向きでミューラ様のお部屋へいらっしゃったのですか? 私にできることなら承りますが――」
「――そうだったわ。私の人形がないの!」
「お人形……私はエレナ様のお部屋の担当ではないので存じ上げないのですが、どういったお人形でしょうか」
「昨日お土産でもらった人形よ! 私に似た子!」
エレナが連れてきた若い黒髪メイドが横からおずおずと発言した。
「発言失礼します、昨晩、私が手入れした上で、他のお人形と並べて置いたのですが……今朝になったら紛失していたのです」
「紛失? それでどうしてこのお部屋に――」
赤毛のメイドは訝しげな顔をした。
ミューラは嫌な予感がした。
「(まさか)」
「この部屋を探して!!」
「え……」
――疑われている。
ミューラは、昨日のことを思い返した。
昨晩、応接室での挨拶後、ミューラは、この部屋にメイドに連れてこられ、入浴と就寝の身支度したあとは、一人っきりだった。
「し、失礼します……」
若い黒髪メイドはミューラの部屋のクローゼットに近寄る。
「ちょっと待って、ここはミューラ様の部屋なのだからミューラ様に許可を――」
赤髪メイドがそう言いかけた時には、黒髪メイドは扉を開けていた。
「これは――!」
黒髪メイドが、クローゼットから、首が取れた人形の残骸を取り出した。
「え……っ」
ミューラは目を見張った。
馬車の中でこれからよろしくね、と見つめ合った金髪で青い瞳をした人形。
唯一の心の友になるはずだった人形のその瞳は失われ、髪はぐちゃぐちゃに、着ていた可愛い洋服は切り刻まれている。
「お土産の人形だわ!!」
エレナが即座にそう叫び、メイドからその人形をひったくる。
「わああああああん!! 可哀想!! こんな事になって!! 首が取れてボロボロよ!! なんてひどいことをするの!? ミューラ!!」
号泣し、ボロボロになった人形を見せつけるようにして、ミューラを責め始めるエレナ。
「ち……ちがうわ。私、知らないわ……」
あまりの状況にミューラはそれを言うのが精一杯だった。
「でも、あなたのクローゼットにあったじゃない! この事はお父様とお母様に言うから!!」
そう言うと、エレナは走って部屋を出て行った。
「し、失礼します!!」
若い黒髪メイドも、そのあとを慌ててついて出ていった。
残された、赤髪メイドとミューラは、しばらく唖然としたが――赤髪メイドが口を開いた。
「……先程、お洋服を取り出した時は、あのようなものは見かけなかったのですが」
と、ポツリとつぶやいた。
「……そう、ですか」
ミューラは、あの人形の惨状が頭に焼き付いて、一筋涙を流した。