その夜、ミューラは与えられた部屋でやっと1人になれたあと、力が抜けたように座り込み、そのまま泣いた。
「エド……、エド……会いたい、エド……。孤児院に帰りたいよ……!」
エドガーのバンダナをそっと胸に抱きしめた。
明日から私はどうなるんだろう。
助けてくれる人は誰もいない。
侍女によって風呂に入れられ、身体を他人に洗われて。
シルクの着心地のよいネグリジェを着せられ、足にはふわふわのスリッパ。
部屋には買い与えられた日用品のボックスが積み上がっている。
ベッドはふかふかしているし、バルコニーからは庭園が見える。
ミューラにとってはどれも初めてのことだったし、とても良い待遇だ。
なのに、ミューラはそれに対して、なんの感情も沸かなかった。
「(こんな贅沢いらない……貧乏でも孤児院に帰りたい。エド……)」
ミューラの鼻のすする音が、静かな部屋に響いては消える。
孤児院では泣きたいことがあった時はいつも『アン』を抱きしめるか、傍にエドがいてくれた。
「私にはもう、誰もいないんだわ……」
しばらくすると、ミューラは泣くことをやめて、ベッドに入った。
エドガーのバンダナは手元に置いて寝たかったが、捨てられることを恐れてソファの隙間に隠した。
眠れるわけがないと思っていたが、幸い旅の疲れが溜まっており、横になって部屋の暗闇を眺めていると、そのうちミューラは眠っていた。
◆
「起きてください、ミューラお嬢様」
朝になると、誰かが起こしに来た。
「あ……おはようございます」
かわいらしい赤毛のメイドが笑顔でミューラを見ていた。
サイドで三つ編みしていて、ミューラからするとお姉さんではあるが若そうだ。
「お顔を洗ってください。それが終わったら、お着替えして、髪を整えますね!」
「あ、はい。ありがとうございます」
メイドは用件だけ言うと笑顔ではあるものの、その後は無言だった。
ここ数日、他人から笑顔を向けられることが無かったので、ミューラはすこし心が和んだ。
「(それに、色合い的に『アン』に似てる……)」
赤髪のメイドは、用事をしている最中も、目が合うとニコリ、と微笑んでくれた。
「(……ひょっとしたら使用人さんとは、うまくやっていけるかもしれない)」
ふと、そんな希望が生まれた。
もともと、家族はいなかったミューラだ。
仲良くできるなら他人でも全然構わない。
◆
ドレッサーに座って髪を梳かしてもらう。
今までは自分でやっていたので、慣れない。
でも、優しく梳かしてくれてる。
まるで頭を撫でられているようだ。
「旦那様とそっくりな髪ですね。それに綺麗なストレート。結わずにそのままにしたいくら……あ、いけない。メイドなのに余計なこと喋っちゃいました」
「喋ってはいけないの?」
ミューラはドキドキしながら口を開いてみた。
「身分が違いますから、必要なことだけ、と言うルールになってます」
そうなんだ。残念……でも、誰にも言わないから、と約束したら雑談とか……してくれるだろうか?
と、ミューラが問いかけようと思っている時だった。
「ミューラの部屋はここね!?」
部屋の外が騒がしくなったと思ったら、いきなり扉が勢いよく開かれた。