「そういえば、お父様。あの子が持っているあの人形は?」
「ああ、ミューラが孤児院を出る時にそれまで持ってた人形の代わりに買ってあげたんだよ」
「へえ……。どうしてその人形持ってこなかったの?」
「孤児院においてあった人形など、我が家に置くわけにはいかないだろう?」
「そっかー。そうなんだね!」
「ええ、貴族の家の子になるのに、ふさわしくありませんからね」
「あ、でもそれって……王都のお人形屋さんに行ったってことよね? そういえば、ホールにおいてあったお土産、私のだと思ったのだけど……違うの?」
「あれはお土産じゃなくて、ミューラの身の回り品だよ」
「え! そんなぁ。私のお土産だと思ったのに! 王都のお人形も欲しかったよ!!」
「ああ、気が利かなくてごめんね、エレナ。エレナには新しいドレスと靴を買ってあるよ。あとで受け取りなさい。お人形は気が利かなかったね。エレナはもう人形はたくさん持っているし、もう必要ないと思ってたよ。今度王都へ行ったら買っあげるよ」
男爵がなだめるように、エレナの頭をなでて言った。
しかし、エレナは涙を浮かべた。
「そんな……。私も今回はお人形が欲しかった。本当の子は身の回り品とは言え、山程買い物してもらって、人形まで買ってもらえるのに、やっぱり私は本当の子じゃないから……」
傷ついた表情をしたあと、手で顔を覆う。
「ああ、すまないエレナ! 本当に気が利かなかった。そうだ。ミューラ、その人形をエレナにやってくれないか?」
男爵が、良いアイデアだ、と言わんばかりにミューラに頼んできた。
「え……」
突然、話題がこちらに振られたかと思ったら、信じられないことを頼まれた。
「そうね。ミューラ、あなたは身の回り品をたくさん買ってあげたわ。だからその人形はエレナに譲ってあげなさい。たしかにエレナへのお土産が少なかったわね。ごめんなさいね、エレナ」
「だって、アンの……私の孤児院の人形の代わりにって……」
ミューラは先ほど唯一の家族だと思ったこの人形まで奪われそうになり、声を振り絞って言ったが、そこでエレナが、号泣した。
「うああああん!! やっぱり本当の子じゃないから! 私にはくれないんだ! そうよね! あなたにとっては……私は邪魔な存在だもの……っ」
「ミューラ! エレナに意地悪をするんじゃないよ?」
「なんて気が利かない子なの。姉妹になる子にプレゼントしてあげようとは思わないの?」
泣きたいのは、こっちだった。
孤児院にだってこんな理不尽な子はいなかった。
――ああ、だめだ。
渡すしかない。意地を張ってもきっと碌なことにならない……。
「(ごめんね、さよなら)」
ミューラは、人形を見て心でつぶやいた。
そして、どうぞ……、と人形をエレナに差し出した。
「ありがと!」
エレナはひったくるように人形を取って人形に頬ずりする。
「ふふふ、新しいお人形! かーわいい!」
「よく見たらその人形、エレナにそっくりだな」
「まあ、本当の姉妹のようだわ。ふふふ、可愛い」
「わーい、この子はじゃあ私の妹ね! あ、そういえばミューラは、姉になるの? それとも妹になるの?」
「お前が先にこの屋敷に住んでいたからお前が姉だよ、エレナ。跡取り娘だしね」
「そっかー」
「二人共、仲良くするんですよ。姉妹なんですから」
「はい!」
「はい。エレナ、よろしくね」
ミューラは、できるだけ笑顔を作ってエレナに言った。
「……うん、よろしくね! ミューラ」
それに対してはずんだ声で返したエレナだったが、彼女が嗤っていたのは口元だけだった。